私のブックマーク
自 動 交 渉
藤田 桂英(東京農工大学)
1.はじめに
自動交渉(Automated Negotiation/Bargaining)は,交渉プロトコルと呼ばれるルールのもとで相互に提案(オファー,プロポーザル,ディールとも呼ばれる)を行い,各提案を受け入れるか拒否するかの判断を互いに繰り返すインタラクションである.交渉に関しては,1950年代からゲーム理論の分野を中心に研究されており,マルチエージェントシステムにおいても重要かつ古典的な課題として,複数のエージェント間の衝突を解決するために,どのように交渉し,より良い合意を形成するかを中心に行われている.
個人合理性をもつエージェントどうしが協調するマルチエージェントシステムの世界では,個々の利益や効用を考慮しながら社会やグループの利益も最大化することを可能とする自動交渉が必要となる.現実世界でも,多数の主体から構成される人間社会などの分散環境かつ利益が競合する状況では,交渉は本質的に不可欠な要素であり,日常でも頻繁に行われている.
本稿では,自動交渉に興味を抱いた人工知能関連の研究者らを主な対象として,自動交渉の研究者が論文を発表するジャーナル,国際会議,および競技会に関するページを紹介する.次に,自動交渉研究に関して,国際的に活躍している研究者および研究プロジェクトのページを紹介する.また,自動交渉を知るためにその足掛かりとなるような情報源となるページを提示する.
自動交渉はマルチエージェントシステムとゲーム理論と深い関係があり,本誌の「私のブックマーク」でも,2003年7月号(Vol.18, No.4, pp.464-467)に伊藤孝行先生によるマルチエージェントシステム,2023年9月号(Vol.38, No.5, pp.750-756)に櫻井祐子先生による人工知能とゲーム理論において,自動交渉を理解するのに関連する情報が掲載されている.こちらの記事も参考にしながら本稿を読むと,より理解が深まると思われる.
2.自動交渉の入門
2・1 自動交渉の定義
英文ウィキペディアから抜粋すると以下のように書かれている.
“Automated negotiation is a form of interaction in systems that are composed of multiple autonomous agents, in which the aim is to reach agreements through an iterative process of making offers. Automated negotiation can be employed for many tasks human negotiators regularly engage in, such as bargaining and joint decision making. The main topics in automated negotiation revolve around the design of protocols and strategies”.
和訳(筆者独自の抄訳):自動交渉は複数の自律エージェントから構成されるシステム(マルチエージェントシステム)での,オファーを行う反復プロセスを通じて合意に到達することを目的とした相互作用である.自動交渉は交渉や共同意思決定など,人間の交渉者が日常に従事する多くのタスクに用いることができる.自動交渉の主要なトピックはプロトコルと戦略の設計を中心に展開されている.
2・2 書籍,チュートリアル
自動交渉について,書籍だけでなく,サーベイ論文,チュートリアルなど,さまざまな媒体で知識を習得することができる.ここでは,人工知能の研究者によって執筆,作成されたリソースを主に紹介する.
- Principles of Automated Negotiation:Shaheen Fatima博士,Sarit Kraus教授,Michael Wooldridge教授により執筆された自動交渉の基礎から比較的応用的なトピックまで幅広く網羅した本である.
- Introduction to Automated Negotiation:Yasser F. O. Mohammad博士による自動交渉のチュートリアル動画である.AAAI-22などで同内容のチュートリアルなどが行われている.
- マルチエージェントシステムにおける自動交渉の研究動向:本稿の筆者が書いた自動交渉の解説論文である.自動交渉に関する学術研究を中心にまとめている.
- 人工知能間の交渉・協調・連携による社会の超スマート化および人工知能間の交渉・協調・連携:産業競争力懇談会(COCN)の多くのプロジェクトのうち,人工知能間交渉・協調・連携に関連した 2016年度および 2017年度のプロジェクト最終報告書である.どちらも,自動交渉の産業応用に関する内容を中心に書かれており,自動交渉技術がどのように社会応用されるかを理解しやすいと思われる.
2・3 競技会
- ANAC(Automated Negotiating Agents Competition:国際自動交渉エージェント競技会):ANACは参加者が作成した自動交渉エージェントに対して,さまざまなルール,交渉プロトコル,交渉シナリオを用いて,各エージェントの獲得したスコアなどを競う競技会である.2010年の第 1回大会から毎年開催されており,2010年から2016年および2023年はInternational Conference on Autonomous Agents and Multiagent Systems(AAMAS)と共催,2017~22年はInternational Joint Conference on Artificial Intelligence(IJCAI)と共催している. 2010~16年はエージェントどうしの交渉に着目したリーグ( Automated Negotiation League)のみが開催されていたが,近年は,Human-Agent League,Supply Chain Management League,Artificial Intelligence based Werewolf League,Diplomacy Game Leagueなど複数のリーグが開催されている.
2・4 プラットフォーム
- Genius(General Environment for Negotiation with Intelligent multipurpose UsageSimulation)およびGeniusWeb:ANACのAutomated Negotiation Leagueで使用される自動交渉プラットフォームである.これらは自動交渉のための共通のプラットフォームを提供するほか,さまざまな交渉プロトコル・交渉ドメインや過去の競技会で使用された交渉エージェントなども提供されている.また,GUIによって交渉ドメインを作成することができるほか,提供されている JavaAPIを用いて交渉エージェントの作成・追加を行うことができ,作成した交渉ドメインや交渉エージェントを用いて交渉シミュレーションを行うことができる.
- NegMAS(NEGotiations Managed by AgentSimulations):ANACのSupply Chain Management Leagueで使用される自動交渉プラットフォームである.NegMASはサプライチェーンマネジメントにおける交渉シミュレーションのほか,さまざまな交渉プロトコルを用いた交渉シミュレーション,交渉プロトコル,交渉戦略の開発を行うことができるPythonベースの汎用的な交渉プラットフォームである.
- IAGO(Interactive Arbitration GuideOnline):Human-Agent Negotiation(HAN)という人間とエージェントの交渉のためのエージェントを開発する自動交渉プラットフォームである.ANACの Human-Agent Negotiationリーグで使用されている.IAGOでは,人間と交渉することが可能なエージェントおよび人間とエージェントの交渉に用いるドメインを作成することが可能である.作成したエージェントは Webサーバ上で動作し,エージェントおよび交渉ドメインの設計・開発を独立して行えるように APIが展開されている.また,交渉者は部分的な提案を行うことが可能で,提案だけでなく感情の表出やメッセージの送信,お互いの選好に関する情報を送受信することができる.
3.論文誌・国際会議・国内研究会
ここでは,自動交渉の研究が発表される,主な論文誌・国際会議・国内研究会を紹介する.
3・1 国際学会
自動交渉の研究は主に人工知能やマルチエージェントシステムに関連した国内外の会議で発表される場合が多い.
- 人工知能全般を対象とする国際会議:Association for the Advancement of Artificial Intelligence(AAAI),International Joint Conferences on Artificial Intelligence(IJCAI),European Conference on Artificial Intelligence(ECAI),The Pacific Rim International Conference on Artificial Intelligence(PRICAI)
- International Conference on Autonomous Agents and Multiagent Systems(AAMAS):2003年に当時開催されていたエージェント関連の複数の国際会議を取りまとめて創設されたマルチエージェントシステムのトップカンファレンス.
- International Conference on the Principles and Practice of Multi-Agent Systems(PRIMA):マルチエージェントシステム関連の国際会議の一つ.国内のマルチエージェントシステムコミュニティとのつながりが強い会議で,日本での開催も多い.
- International Conference on Practical Applications of Agents and Multi-Agent Systems(PAAMS):応用・実装系を主要としたマルチエージェントシステム関連の国際会議.
- International Conference on Agents and Artificial Intelligence(ICAART):主にヨーロッパで開催されるエージェント関連と人工知能関連の国際会議.
- IEEE/WIC International Conference on Web Intelligence and Intelligent AgentTechnology(WI-IAT): Webとエージェント関連の国際会議.
- Agreement Technologies(AT):合意形成技術に関する国際会議.自動交渉も合意形成と関連が深いため,多くの自動交渉研究の発表がされている.
3・2 国際論文誌
マルチエージェントシステムや人工知能の専門論文誌を以下に示す.自動交渉の分野では,AIの分野の研究者が多いことから,AI関連の論文誌に多くの自動交渉の論文が掲載されている.
- Journal of Autonomous Agents and Multi-Agent Systems(JAAMAS):マルチエージェントシステムに関する国際論文誌.JAAMASで採録されると AAMASの該当セッションでの発表に招待される場合がある.
- Artificial Intelligence Journal(AIJ):Elsevier社が発行している,人工知能全般を対象とした国際論文誌.
- Journal of Artificial Intelligence Research(JAIR):AAAI Pressが発行している,人工知能全般を対象とした国際論文誌.
- Decision Support System(DSS):Elsevier社が発行している,意思決定支援システムを中心に取り扱う国際論文誌.
- Group Decision andNegotiation(GDN):Springer社が発行している,意思決定支援や交渉支援に重きをおいた国際論文誌.経営工学や社会科学系の論文が主流だが,自動交渉に関する多くの研究論文が掲載されている.
3・3 国内研究会
- 合同エージェントワークショップ &シンポジウム(JAWS):国内のエージェント関連分野の研究者が議論する場として,2002年から始まった学会横断的なイベント.日本ソフトウェア科学会マルチエージェントと協調計算研究会(JSSST SIG-MACC),電子情報通信学会人工知能と知識処理専門委員会(IEICE SIG-AI),情報処理学会知能システム研究会(IPSJ SIG-ICS),本学会データ指向構成マイニングとシミュレーション研究会(JSAI SIG-DOCMAS)が共同で開催していた.
- Symposium on Multi Agent Systems for Harmonization(SMASH):JSSST SIG-MACCとIEICE SIG-AIが中心となって 2020年から始まったシンポジウム.
4.研究者および研究グループ
ここでは,国際的に著名な海外の自動交渉関連の研究者を紹介する.ACM/SIGAI Autonomous Agents Research Awardというエージェント分野で活躍している研究者をACM SIGAIが表彰しており,受賞者はAAMASにおいて記念講演を行うのが慣例である.本賞の受賞者のうち,自動交渉の研究に携わっている研究者を中心に紹介する.これらの研究グループから,自動交渉に関連した優秀な研究者が多く輩出されているため,参考にされたい.
- Prof. Catholijn Jonker(Delft University of Technology):human-machineインタラクション,交渉やチームワークを通じた認知的プロセスやコンセプトに関する研究を中心に行っている.ANACのメインオーガナイザの一人であり,自動交渉に関する競技会の運営やプラットフォームの開発も積極的に行っている.
- Prof. Carles Sierra(Spanish National Research Council):交渉や説得,trustとreputationなどの社会システムに関する研究成果を多く出している.人間とエージェントのインタラクションの研究も行っている.
- Prof. Jonathan Gratch(University of Southern):社会シミュレーションや人間の感情の計算機モデルなどの研究を進めている.実応用と理論をバランス良くさまざまな研究を行っている.
- Prof. Jeffrey S. Rosenschein(The Hebrew University of Jerusalem):メカニズムデザイン,マルチエージェントプランニング,ソーシャルチョイスなどのゲーム理論に関連した研究を行っている.
- Prof. Sarit Kraus(Bar-Ilan University):マルチエージェントの交渉・協調機構に関する研究や人間とエージェントの交渉に関する研究を行っている.
- Prof. Michael Wooldridge(Unive rsity of Oxford):形式言語や論理,チームワークとコミュニケーションなど理論的な研究成果が多い.自動交渉に関する研究成果も,ゲーム理論などを用いて解析したものが多い.
- Prof. Nick Jennings(Loughborough University):オークション支援やビジネスプロセスマネジメントなど応用研究を中心にマルチエージェントシステムに関するテーマのほとんどをカバーしている.
- Prof. Katia Sycara(Carnegie Mellon University):ミドルエージェントやエージェントアーキテクチャ,複数論点交渉など,マルチエージェントシステムに関するテーマのほとんどをカバーしている.
5.自動交渉の応用に向けた取組み
- 自律調整 SCMコンソーシアム:サプライチェーンにおいて日々発生している企業・組織・個人間での利害や挙動の調整業務を効率化することを目指し,自動交渉を中心に実用的な調整業務フローの整理と検証,その発展と普及を主たる活動とするコンソーシアム.ソリューション提供者,ユーザ,学術専門家などのさまざまな立場のメンバでコンソーシアムを進めている.
- AI NEGOTIATION AUTOMATION PLATFORM:ベンダ中立的な立場で産業IoTの推進活動を行っている国際業界団体 IIC(Industry IoT Consortium)に対して,Negotiation Automation Platform Testbedを提案し採択されている.
- UN/CEFACT ENegotiationのポータルページ:E Negotiationと呼ばれる自動交渉を推進するための国際プロトコルの策定を行っている.メール・電話・ FAXなどで実施されているサプライチェーンの交渉に関する標準プロトコルを国連の標準化団体(UN/CEFACT)に提案し,承認されている.
- Pactum:2019年 7月に設立された,エストニアに起源をもつ自律的な交渉 AIを開発を行っているスタートアップ企業.ウォルマートと協力して,サプライヤーの交渉プロセスの自動化を行っている.
6.まとめ
本稿では,自動交渉に関するジャーナル,国際会議,競技会,国際的に活躍している研究グループおよび研究プロジェクトのページを中心に,自動交渉を知るためにその足掛かりとなるような情報源となるページを紹介した.最近は,エージェント間自動交渉が自動対話技術と結び付き,人とエージェントの交渉技術にもつながっており,Meta社のCICEROなどは有名である.また,自動交渉は多様な応用が考えられる研究テーマであり,今後,自動交渉の実社会応用が進んでいくことが期待される.本稿がこの分野の研究を進めるうえで参考になれば幸いである.
7.謝 辞
貴重な執筆の機会を与えてくださった本学会誌編集委員会に心より感謝申し上げます.