私のブックマーク
ファジィ理論
西野 順二(電気通信大学)
1.はじめに
ファジィ理論は1990年代のソフトコンピューティングブームの幕開けとなり一斉を風靡した.ニューラルネットワーク,遺伝的アルゴリズム,確率推論(ベイズ最適化)複雑系(カオスフラクタル)などの流行に5年くらい先立っていた.通商産業省主導の産官学プロジェクトとして国際ファジィ工学研究所が設立され,多くの国内外のメーカから研究者が集まり大学の研究者とともに世界をリードする研究がなされた.この頃はファジィ理論の研究は日本から世界に広がっていた.
翻って 2023年現在の日本におけるファジィ理論研究はずいぶんと下火になってしまっている.ファジィ理論の教科書はのきなみ絶版である.加えて大学での研究者もかなり少なくなり,本家であるファジィシステムシンポジウム= FSS,日本知能情報ファジィ学会論文誌「知能と情報」での発表文献もファジィでないソフトコンピューティングが 8割以上を占めるていたらくである.
一方国際的には,IEEE Transactions on Fuzzy Systemsが IEEEの知能分野で IFランキング9位に入るなどまだまだ活発である.革新的な発展はないものの,さまざまな改良や応用事例が日々積み重ねられている.ニューラルネットワーク深層学習での応用期待が一段落したところでの,ファジィをはじめとする旧来からの計算知能,ソフトコンピューティングへの揺り戻しをファジィ理論研究者として期待している.
このようなわけで,現在において日本国内ではファジィ理論を知るための情報が極めて少なく,そのためファジィ研究がさらに下火になるという負のフィードバックがかかっている.本記事は,ファジィ理論全般について教科書となるネット上の記事と論文を紹介したい.
ファジィ理論はシステム科学,システム工学の一分野であり,特にシステム要素として表現の難しい「ヒト」とその判断や行動を,曖昧に扱うことでモデル化し分析や問題解決を行う理論である.ざっくりと,ファジィ集合,ファジィ論理とファジィ測度の 3分野を基礎として,人が日常行う曖昧な判断を計算機的に模倣することで現実的な問題解決を行う.ファジィ理論に基づいて構成したシステムをファジィシステムと呼び,多くの応用ではファジィ推論による計算として実現されている.
「ファジィ」の表記について,国語審議会としては英単語 fuzzyの音に基づきファジーが正しいが,過去の経緯によってファジィ理論を示すときには小さいイを用いたファジィとすることとなっている.
2.ファジィ集合
ファジィ集合は1965年にファジィ理論の祖であるL. A. Zadehによりファジィ理論の基礎および根本原理の実現法として提案された.Zadehは線形ディジタルシステム理論のサンプリングモデルである z変換を提案し研究をするなどガチガチの「硬い」システム理論を扱う中で,問題規模に対するモデル規模の増大に直面した.規模が大きくなるとき変数や拘束式を増やすことで精密な扱いを目指すと,指数関数的に解決が困難になり人であるエンジニアによる理解も難しくなる.このことを Zadehは不適合性の原理 principle of incompatibilityと名付け,ファジィ理論が求められる根拠とした.
3.ファジィ推論
計算機上で実装されるファジィシステムの実態はファジィ推論計算である.当初は論理学とも交錯しながらさまざまな推論法が提案されてきた.計算の原理はファジィ論理によっている.
初期については水本雅晴による種々のファジィ推論法に詳しい.
最近では茨城大学 上原清彦研究室で体系的に研究されている.
ファジィ推論法の説明がわかりやすい.
実用上は,計算が簡便な簡略化法と,線形モデルのファジィ結合によるモデル性能の良い TS-ファジィ推論が標準となっている.
簡略化法推論は前田幹夫により提案された.
菅野道夫らによる TS-ファジィ推論は旧来の線形システム分析との連携がしやすい性質があり多くの発展研究がなされている.
4.言語モデル
ファジィ推論は言語的なファジィルールによって記述されるため,言語的なモデルとして用いられる.このため当初から言語モデルとの関係が深く,Zadehはこれを言語的変数 A linguistic variableと呼んだ.長らく観念的なパラダイムとして言語モデルが語られていたが,IEEEの Transaction on fuzzy systemsの第1号に掲載された安川隆広のファジィ定性モデリングのコンセプトが言語モデリングの嚆矢となり,極めて多く参照されている.
5.ファジィの応用
2000年まではファジィの応用は事欠かなかった.洗濯機やコーヒーメーカ,こたつなどの家電から,車載電子機器,交通,金融,などコンピュータシステムが用いられるところでは軒並み応用が現れた.
特筆すべきは鉄道の無人制御のアルゴリズムの実装であり,ブームに先立つ1980年代に仙台市地下鉄で実現している.この技術はのちにつくばエクスプレスでも使用されている.
また,世界で初めて自律無人ヘリコプターを飛ばすことに成功したのもファジィ制御の応用である.
6.ファジィモデリング
データを表現するファジィシステム(ファジィ推論モデル)を同定することをファジィモデリングと呼ぶ.
JAISTでの研究が多くあり,中森義輝研究室がすでに終了しているがまだ見ることができる.
7.ファジィクラスタリング
データ群をいくつかのクラスタに分けるとき,曖昧なクラスタをファジィ集合によって構築するファジィクラスタリングは,パターン認識など多くの AI的応用のベースとなっている.昨今は深層学習が用いられるがクラスタへの意味付けなどでファジィクラスタリングが用いられる可能性がある.
8.ファジィ数理計画
数値を拡張子ファジィ集合で表現したファジィ数があり,これを用いて数理計画を行うとき,線形計画法のパラメータや定義式をファジィ集合を元に拡張することでファジィ数理計画法が実現できる.
日常の問題の多くは制約も定義式も関係パラメータも曖昧なのでファジィ化することで自然なモデルとして扱うことができる.
9.ファジィ測度とファジィ積分
ファジィ測度(Fuzzy measure)はファジィ集合とファジィ論理とは全く別の概念であり,1972年に菅野道夫によってファジィ積分とともに提案された.この積分は現在,菅野のファジィ積分として知られている.測度は積分の基礎となる集合関数であり,ファジィ測度を定めるとファジィ積分ができるようになる.さまざまな要因のからみあう複雑な事物の評価,特に人による非線形な評価現象をモデル化する応用に使われ効果をあげている.ゲーム理論の一部として効用関数より良い感性モデルとして利用されノーベル経済学賞にも貢献している.
応用については評価問題研究会に多く集まっている.
ファジィ測度自体は比較的純粋な数学概念でもあり完全な理解は難しいが,藤本勝成による全4回の解説が比較的わかりやすい.
10.関連学会とシンポジウム
日本の研究者が関係するファジィ関連の学会は,非常に多岐にわたっている.ファジィ理論が応用の理論であり,理工系の自然科学全般にわたって多くの研究者が多くの分野で関わってきたからである.ここではファジィに特化した学会をあげておこう.
- SOFT: Japan Society for Fuzzy Theory and Intelligent Informatics
- IEEE Transactions on Fuzzy Systems
- IFSA: International Fuzzy Systems Association
- KIIS: Korean Institute of Intelligent Systems
ファジィを主体としたシンポジウム,大会.これ以外にも各種の応用分野でファジィを見掛けることがある.
- FSS
- SCIS/ISIS: International Conference on Soft Computing and Intelligent Systems / International Symposium on Advanced Intelligent Systems
- IFSA World Congress
- FUZZ-IEEE: IEEE International Conference on Fuzzy Systems
- WCCI: The IEEE World Congress on Computational Intelligence
11.支部,研究会
ファジィの研究コミュニティの特徴として,地方支部,各種研究会が活発であることがある.多くは研究会後の懇親会が目的とも.
12.2020年前後の最近の話題
機械学習と計算機が高度化し t-SNEに代表される高次元データの構造を反映する低次元化アルゴリズムが実現している.比較的新しく性能の良いモデリング技法 UMAPにもファジィ理論が使われている.次元をまたいだ構造の類似性にあたって,ファジィトポロジーに基づく計量を用いて構造がゆるやかに(曖昧に)似ていることを定量化し最適化を行っている.数値的に揺らぎながら構造分析する様子は,パーシステントホモロジーとも類似している.
13.その他のファジー
13・1 文字列のファジーマッチング
ファジィとファジーのような文字表記の揺れ,書き間違いがあるテキストからの検索においてファジーマッチングがよく使われている.しかしながら,実際は Approximate string matchingであって,そこではほぼファジィ理論の技法は使われていない.
13・2 オートファジー
オートファジーは,細胞の自己破壊に関する現象であり,話題になった 2000年頃にはファジィのほうが有名であって混同されることがあったが,やはり関係ない.