【記事更新】私のブックマーク「コミック工学(Comic Computing)」


私のブックマーク

コミック工学(Comic Computing)

松下光範(関大),山西良典(立命館大),松井勇佑(NII),岩田基(大阪府立大),上野未貴(豊橋技科大),西原陽子(立命館大),中村聡史(明治大)

はじめに: コミック工学の概要

タブレットやスマートフォンなどの携帯ディジタル端末の普及に伴って,このような端末の上でコミック(以下,電子コミック)を閲読することが一般的になってきている.文献 [1] によれば,2016 年度の紙媒体のコミックが 1,947 億円(前年比7.4% 減)であったのに対し,電子コミックの販売金額は 1,460 億円(前年比 27.1% 増)に上り,ユーザの閲覧形態が紙媒体から電子媒体へと移行している様子が顕著に表れている.電子コミックは,ディジタル端末上でリアルタイムに処理可能であることから,紙媒体のコミックに比べ高い拡張性と応用性を有していると考えられる.例えば,従来のコミックの枠に囚われない表現(e.g., 話の展開に応じて内容を切り替える,コマに動きを付与する)や自らの環境に最適化させた利用(e.g., 読み手の母語に応じて言語を切り替える,文字の大きさやフォントを変更する)が期待される.しかし現状では,多くの作品は単に紙媒体のコンテンツをそのままディジタル化した静的なものであり,ディジタルコミックの可能性を十分に活かせる状況にはない.コミック工学はディジタルコミックをより活用するための技術やその応用可能性の追求を目的とした技術横断的な取り組みである.コミック工学の概要については,文献 [2],文献 [3] をご覧いただきたい.なお,コミック工学は特定の研究プロジェクトや特定団体が推進する研究を指すのではなく,コミックを題材とした研究を広く指す言葉である.また,本報告では,厳密にコミックを対象とした研究に限定せず,コミックと関連が強いアニメやイラストなどについても言及する.

(注記) Comicを表す日本語は「コミック」「マンガ」「漫画」などがあり,表現によって微妙にニュアンスが異なる.コミック工学では,これら全てを研究対象として取り扱う.以下では,文脈によりそれぞれの表現を使い分けて記述する.

[1] 出版科学研究所,出版月報 2017 年 2 月号
出版月報は毎年 2 月号で前年度のコミック市場についての統計や概況を掲載している.
[2] 松下: コミック工学の可能性,第2回 ARG WI2 研究会
[3] 松下: コミック工学の これまで と これから,JSAI 第11回 SIG-AM 研究会

コミックからの情報抽出

現状,多くのコミックはページ単位に画像を収録したひとつのファイルとして扱われており,その画像の中からコミックを構成する要素(コマやキャラクタ,吹き出しなど)を抽出する研究が様々に進められている.コミックからの画像情報抽出のために,かつては一般的な画像情報表現(局所特徴量抽出+エンコーディング)に対し線画独自の情報を用いるように様々な工夫(e.g., 線画のような図形間の距離として定義できるチャンファー距離を用いる)がなされてきた.一方で,近年の深層学習技術の発展に伴い,マンガのような画像に対しても,データドリブンに特徴量を設計する方式が主流になりつつある.データドリブンな手法ではラベル付きの画像が大量に必要であるため,どのようにして「目的に応じたラベル」がついた漫画・線画を集めるかが,現在の研究課題の一つである.以下に,幾つかの研究をピックアップして紹介する.

[4] 野中ほか:
コミックスキャン画像からの自動コマ検出を可能とする画像処理技術「GT-Scan」の開発
, 富士フィルム研究報告
コマの検出手法の論文.
[5] Rigaud, C. ほか:
An Active Contour Model for Speech Balloon Detection in Comics
, ICDAR2013
吹き出しの抽出手法の論文.
[6] Aramaki, U. ほか:
Text Detection in Manga by Combining Connected-component-based and Region-based Classifications
, ICIP2016
コミック画像中に出現するテキストの抽出手法の論文.
[7] Ito, K. ほか:
Separation of Manga Line Drawings and Screentones
, EG2015
画像フィルタの組み合わせによるスクリーントーン除去手法の論文.
[8] Li, C. ほか:
Deep Extraction of Manga Structural Line
, SIGGRAPH2016
深層学習を用いたスクリーントーンの除去手法の論文.
[9] Sun, W. ほか:
Cartoon Character Recognition Using Concentric Multi-Region Histograms of Oriented Gradients
,IEEJ 論文誌
画像特徴量に基づく登場キャラクタの認識に関する論文.
[10] Chu, W. T. ほか:
Manga FaceNet: Face Detection in Manga based on Deep Neural Network
, ICMR2017
深層学習を用いた登場キャラクタの顔抽出と認識に関する論文.
[11] Yu, Q. ほか:
Sketch Me That Shoe
, CVPR2016
スケッチ画像からの画像特徴量の抽出に関する論文.
[12] Sangkloy, P. ほか:
The Sketchy Database: Learning to Retrieve Badly Drawn Bunnies
, SIGGRAPH2016
手描きスケッチのデータセットに関する論文.
[13] Rigaud, C. ほか:
Speech Balloon and Speaker Association for Comics and Manga Understanding
, ICDAR 2015
吹き出しとそれを話しているキャラクタとを関連付ける手法.
[14] Rigaud, C. ほか:
Semi-automatic Text and Graphics Extraction of Manga Using Eye Tracking Information
, DAS 2016
読者の視線情報を利用して吹き出しなどの注目領域を抽出する手法.

コミック要素の構造化

コミックは,コマを単位とし,それらの連続によって時間経過やストーリの展開を表現している.そのため,画像処理技術により抽出された要素を識別・利用するには,想定されるコマの順序や場面のセグメントなどを把握し,要素間の関係を構造化する必要がある.構造化にあたっては,コミックは制作者のアイディアによって日々新しい表現技法が創出されているため,拡張性も担保しておく必要がある.以下に,コミックの構造化に関する幾つかの成果をピックアップして紹介する.

[15] 三原ほか:
マンガメタデータフレームワークに基づくディジタルマンガのアクセスと制作の支援――ディジタル環境におけるマンガのメタデータの有効性の考察――
,信学論
コミックから抽出すべきメタデータのモデル化とその応用に関する論文.
[16] Digital Culture Lab.: Comic Book Markup Language
ディジタル画像の人文学資料へのアノテーション標準 Text Encoding Initiative (TEI) をコミック用に拡張したメタデータ
[17] Rigaud, C. ほか: Knowledge-driven Understanding of Images in Comic Books, IJDAR
コミックの構造をドメインやコミックの事前知識を参照しつつボトムアップに獲得する手法の論文.
[18] Murakami, H. ほか: Creating Character Connections from Manga, ICAART2011
同じコマに出現するキャラクタを相関があると捉えて関係を推測する手法の論文.
[19] Cohn, N.: The Visual Language of Comics, Bloomsbury Academic
コミックの構成要素や表現技法を整理した論考.日本の「マンガ」の特徴についても 1 章割いて解説している.

コミックコンテンツへのアクセス

現在,入手可能なコミックスは膨大でしかも年ごとに増加している.上述の文献 [1] によれば,2016 年の新刊発行点数だけでも12,591 タイトルある.その中から読者の好みに沿った作品を選んだり,特定のシーンや内容を含むページを検索したりすることは非常に難しい.こうした読者のニーズに応えるために,コミックコンテンツに対する情報アクセス技術に関する研究が進められている.

[20] Matsui, Y. ほか: Sketch-based Manga Retrieval
スケッチに基づくコミックコンテンツの検索.
[21] Sun, W. ほか: Detection of Exact and Similar Partial Copies for Copyright Protection of Manga, IJDAR
単なるコピーだけでなく手描きによるコピーも検出可能な類似コミックコンテンツの検索に関する論文.
[22] Moriyama, Y. ほか:
Designing a Question-answering System for Comic Contents
, MANPU2016
コミックを対象とした質問応答システムの論文.
[23] 山下ほか:
コミックの内容情報に基づいた探索的な情報アクセスの支援
,JSAI論文誌
コミックの探索的検索システム.レビューに基づくクラスタ分けが特徴.
[24] Iwata, M. ほか:
A Study to Achieve Manga Character Retrieval Method for Manga Images
, DAS 2014
MSERから得られるHOG特徴量を用いてクエリと同じキャラクタを検索する手法.

コミック制作の支援

現在,コンピュータを活用したコミック制作が,プロ・アマを問わず広まっている.キャラクタやオブジェクトの複製・再利用や3Dモデルの活用による描画負担の軽減,多様なスクリーントーンの適用など,マンガを描く際の支援だけでなく,取材記録や伏線の管理,プロット作成など,コミック執筆過程の支援により,コミック制作作業の効率化・負担軽減化が図られている.これらのコミック作成者支援技術に共通するのは,過去に上梓されたコミックから取得した知識や事前に用意されたプリミティブ(キャラクタやオブジェクト,背景など)を利用している点にある.現状ではこうした知識・データは人手で抽出し作成しているため,制作やメインテナンスのコストがかかる.こうした負担の軽減も今後の研究のスコープに含まれる.

[25] 小林: 漫画設計支援ソフト POM
ユーザが自分の描きたいマンガのジャンルや作家名を入力すると,蓄積した過去の作品のデータから,ページ配分・コマ割・構図の候補をユーザに複数提案するシステム.
[26] Mihara, T. ほか: A Manga Creator Support Tool Based on a Manga Production Process Model — Improving Productivity by Metadata, iConference2014
コミックの作成プロセスに基づき,メタデータを利用することで効率的にネーム(マンガの設計図)を作成・管理できるように支援するツールについての論文.
[27] Wu, Z. ほか:
MangaWall: Generating Manga Pages for Real-time Applications
, ICASSP2014
リアルタイムに写真をマンガ風の線画に変換できる手法の論文.
[28] シモセラ: ラフスケッチの自動線画化
畳込みニューラルネットワークを用いてラフスケッチを線画に自動変換する手法.

コミックの自動生成

コミックの自動生成は,大きくはストーリの生成と絵の生成に分けられる.さらに,着目するストーリと絵の粒度によって,多くの研究課題が存在する.マンガにおいては非現実的なストーリが許されること,同じオブジェクトでも描き手によってタッチの差異が存在することなど,写真画像とは異なる問題がある.以下では漫画を広義に捉え,コンテキストを持った絵の生成に関する研究を中心に紹介する.

[29] Zitnick, C. L. ほか:
Learning the Visual Interpretation of Sentences
クリップアートを組み合わせて表したシーンと説明文のセットをクラウドソーシングにより収集して学習し,文を入力としてシーンを生成する試み.
[30] Choi, M. G. ほか:
Dynamic Comics for Hierarchical Abstraction of 3D Animation Data
アニメーションデータの検索,編集を容易にするために,インタラクティブに漫画風のストーリボードの各コマを生成するシステム.
[31] Eitz, M. ほか: How Do Humans Sketch Objects?, SIGGRAPH2012
クラウドソーシングにより収集した多量のスケッチを SVM によりオブジェクト認識するアルゴリズムの提案.併せて描画中のスケッチをインタラクティブに識別するアプリケーションへの応用も行っている.
[32] Ueno, M. ほか: 2-scene Comic Creating System based on the Distribution of Picture State Transition, DCAI2014
ユーザ入力に基づいて 2 コマ漫画を自動生成するアプリケーションの論文
[33] Fukuda, K. ほか: Semi-automatic Picture Book Generation Based on Story Model and Agent-Based Simulation, IES2016
Agent-Based Simulation により生成したキャラクタの状態変化に基づき絵本を半自動生成する手法の論文.
[34] 伊藤ほか: 文字の作成と理解を促進するためのオントロジーマッピング,DBSJ Letters
絵文と自然言語の自動変換を目指し,ピクトグラムを二次元的に配置した絵分とオントロジーを対応付けるオーサリングシステム

コミック表現の応用

日本語のコミックは,過去半世紀の間に独特な表現技法を産み出し,進化を遂げてきた.例えば,効果線(流線)を用いることでスピート感を表現したり,コマ割りを工夫することで心理状態や時間経過を表現したりする,などがこれにあたる.現在も制作者の努力により,日々新しい表現が産み出されている.こうした表現が,コンテンツの読みやすさや魅力の向上をもたらす要因のひとつになっている.このような,コミックの持つ表現特性を活かし,コミュニケーションやエンタテインメント,プレゼンテーションなどにそれを利用する研究も進められている.以下に幾つかのシステムをピックアップして紹介する.コミック表現を利用したシステムやサービスが広がることで,コミック工学の裾野が広がり,研究分野としての意義が高まると考えている.

[35] 角ほか: ComicDiary, インタラクション2002
体験の記録と共有のためにコミックの形式を使ったシステム.コミック表現を活用した先駆的な研究のひとつ.
[36] 白井ほか: MANGA Generator
自分がマンガのキャラクタになるシステム.システムの前でポーズを取るとそのポーズに基づいて決定されたエフェクトが追加されたマンガができあがる.
[37] 藤本ほか: マンガのコマ割り表現を用いたプレゼンテーションツールの提案
マンガのコマ割り技法に着目し,自由な形状とサイズのコマをレイアウトして複数の情報を同時に提示できるプレゼンテーション方式の提案.
[38] Ueno, M. ほか:
Picture Information Shared Conversation Agent: Pictgent
, DCAI2012
絵とメタデータを対応付け,ユーザとボット間で対話しながら,ユーザ入力に応じて絵が遷移してコミュニケーションするシステム.
[39] Yamanishi, R. ほか: Speech-balloon Shapes Estimation for Emotional Text Communication, Information Engineering Express
漫画の吹き出し形状によって,テキストメッセージに発話ニュアンスを付与するアプローチ.メッセージの言語特徴から吹き出し形状を推定する技術.

コミックの閲覧支援

コミックの閲覧の形態は,コミックを取り巻く環境の中で近年のディジタル機器の普及によって変化した.現在,多数のスマートフォン,タブレット上で漫画の閲覧を行うアプリケーションが存在している.このような背景のもとで,コミックの閲覧支援を目指した研究も多く発表されている.これらのアプローチは,コミックを閲覧する媒体がインターネットに繋がれたディジタル端末に変化したからこその変化であり,漫画が「他人数で共有し,楽しむコンテンツ」へと進化していることが伺える.以下に,コミックの閲覧を支援し,エンタテインメント性を高めることを目的とした研究について幾つか挙げる.

[40] Jain, E. ほか:
Predicting Moves-on-stills for Comic Art Using Viewer Gaze Data
, IEEE Computer Graphics and Applications
小さな窓を通して漫画を読むのに適した窓の動きを,読者の視線情報を用いて推定する手法の論文.
[41] 斉藤ほか:
フォントと手書きの融合
コミックの吹き出し中の文字フォントを手書き文字と融合することでコミックの閲覧体験を向上させる試み.
[42] Cao, Y. ほか:
Dynamic Manga: Animating Still Manga via Camera Movement
, IEEE Trans. Multimedia
漫画画像に含まれる要素を解析してそれらに適したアニメーションを付与する手法の論文.
[43] 山西ほか:
ソーシャルデータを用いたコミックからの感性的ハイライトの抽出
,JSKE論文誌
複数人で同じ漫画を批評したり鑑賞したりするソーシャルリーディングを可能にするシステム.

教育とコミック

コミックを用いた教育,特に語学や文化面での教育に関する取り組みがなされている.日本語を例に挙げると,2015 年の時点で 137 の国で,365 万人の日本語の学習者がおり,今後も日本語を学ぶ人の数は増えることが予想されている(国際交流基金の調査(2015)による).他の言語,例えば英語や中国語などでも同様の傾向が見られると予想される.教科書を用いた外国語学習においては,reading と writing に力が入れられているが,speaking や listening の学習,能力の獲得は難しいため,その獲得には,実際の会話で用いられる生きた言語に触れる必要がある.生きた言語という点において,コミックやアニメなどはその宝庫と考えられる.なぜなら,コミックやアニメのキャラクタ達のセリフは各世代の読者,視聴者が用いる表現と類似しているからである.セリフに加えて,画像・映像によりキャラクタ達の行動する場所や行動が描かれており,各国の固有の文化を学ぶ上でも優れた教材といえる.以下に幾つかの試みを挙げる.

[44] 矢崎:
アニメを素材とした日本語学習活動「アニメで日本語」の開発:「アニマシオン」のティーチング・ストラテジーに着目して
, 静岡大学国際交流センター紀要
アニメを素材とする日本語学習活動の新しい手法の開発に関する報告.アニメの視聴による仲間同士の共通体験をもとに,日本語のコミュニケーション活動を展開する.
[45] 吉川:
獲得した知識を活用するトレーニング: Situated Intelligence Training
, ISCIE誌
ビジネスにおいて重要となるシーンやストーリをマンガで表現し,ナラティブアプローチにより知識の活用を促す方法に関する論文.
[46] 高橋ほか: マンガ教材を用いた経験知の抽出,JSAI 第 1 回 SIG-BI 研究会
ビジネスにおける代表的なシーンをマンガで表現した教材を用意し,ビジネスにおける熟練者と初心者の行動,着眼点の差を明らかにした論文.
[47] 国立国語研究所: 日本語を楽しもう!
擬声語・擬態語の理解を四コママンガを通じて支援.
[48] 国際交流基金関西国際センター: アニメ・マンガの日本語
アニメやマンガで使われている表現を学ぶことができるサイト.アニメやマンガのキャラクタの特徴ごとの表現の学習,オノマトペや文化の学習などができる.
[49] VR Media Pte. Ltd.: SGCafe.com
アニメ・マンガを含めた日本のモダンカルチャーについてのポータルサイト
[50] 一般社団法人国際デジタル絵本学会: デジタル絵本サイト
音声付きの絵本があるサイト.日本語をはじめとして英語や中国語など 12 カ国語の絵本がある.

研究リソース

コミックを対象とした研究を行う場合に有用なリソースやライブラリを紹介する.

<リソース>
[51] 相澤・山崎研究室: MANGA109
マンガ図書館Zで公開されている作品を中心に,プロの漫画家が執筆した109冊の作品を,学術目的で利用可能にしたデータベース.
[52] The eBDtheque Project: eBDtheque: a representative database of comics
日米欧のコミック画像データ(100 ページ分)が,テキスト,フキダシ, コマの位置情報,フキダシとテキストの対応等の情報と合わせて提供されている.

[53] Iyyer: COMICS data
1930-1950年代のアメリカンコミックのデータセット.4000冊,20万ページ.
[54] 杉本・永森研究室: 京都国際マンガミュージアム書誌情報 LOD
京都国際マンガミュージアムに所蔵されているコミック作品データをLODとして公開したもの.
[55] 文化庁: メディア芸術データベース(開発版)
明治初期から今日までに日本で出版されたコミックの書誌情報及びコミックの主要な収集機関の所蔵情報を持つデータベース.
[56] Wilber, Mほか:BAM! The Behance Artistic Media Dataset
オイルペイント調やスケッチ調など様々な画風のイラストのデータセット.contentやemotionのラベルつき.コミックもある.
<ライブラリ・サンプルコード>
[57] Saito, M.: illustration2vec
イラストを入力とし,そのイラストに付与する画像タグを推定(
論文
体験可能なデモサイト).
[58] 伊藤: MangaLineSeparator
スクリーントーンを除去するためのライブラリ
[59] nagadomi: lbpcascade_animeface
OpenCVを用いたアニメ顔検出
[60] Dwango Media Village: Comicolorization
マンガに対する半自動彩色手法(論文はこちら).
[61] Ha, D.: Sketch RNN
スケッチのベクトル表現化.中身は時系列深層学習.
[62] Google: Cloud Vision API
画像からテキスト情報を抽出するAPI.吹き出し内に加えて,吹き出し外の文字,オノマトペの認識も可能.縦書き,横書きの混在にも対応.
<ツール・アプリ>
[63] CACANi Pte Ltd.: CACANi
中割りアニメーションを自動制作するソフト.
[64] Supersoftware:
漫画カメラ
写真をどんなものでも漫画化するスマートフォン用アプリ.簡便に漫画表現を生成できる.
[65] Preferred Networks: PaintChainer
線画をアップロードすると,深層学習の結果に基づき,自動着色ができるWebサービス.
[66] 株式会社ウェブテクノロジ: コミPo!
事前に用意されたキャラクタや表情,オブジェクト等を組み合わることで,絵や図を描くことなくコミックを生成できる商用のコミック作成支援ツール.

これまでの展開

上述のように,コンピュータビジョンや自然言語処理,データベース,インタフェースなど各研究分野において,多種多様なコミックを対象とした研究が発表されてきた.これまでの取り組みについて概観する.

<国内>

2013 年度より 3 年間,電子情報通信学会のHCGシンポジウム HCG2013,HCG2014,HCG2015 において企画セッションを開催した.

HCG シンポジウム 2015
セッション1
セッション2
セッション3
HCG シンポジウム 2014
セッション1
セッション2
セッション3
HCG シンポジウム 2013
セッション1
セッション2
セッション3

これらのセッションにおいて,多様な研究分野の研究が多く発表されたことを成功と捉え,2016年度からは技術面,認知面での意見交流の場を求め,人工知能学会全国大会においてオーガナイズドセッション「コミック工学とAI」を継続開催している.

JSAI2016「コミック工学とAI」(
セッション 1
セッション 2
JSAI2017「コミック工学とAI」(
セッション 1
セッション 2
セッション 3

JSAI のオーガナイズドセッションでは,研究者のみならずコミックに関わる実務家をお招きして招待講演を実施した.講演資料は下記で公開している.発表会場にも漫画家やイラストレータなどのコミックに関心を持った聴講者が部屋の定員を大きく上回って来場し,アカデミックや商業,産業の壁を超えて,活発な議論が行われた.

JSAI2016 招待講演:「漫画とディジタル技術からAIへ」(漫画家 木野陽氏)
JSAI2017 招待講演:「機械学習でeBookJapanを加速できるか?」( 株式会社イーブックイニシアティブジャパン 村上聡氏)
<国際>

コミック工学の国際的な展開も狙って,相澤清晴先生(東京大学)のご尽力のもと,東京大学相澤・山崎研と大阪府立大学黄瀬・岩田研が主体となって国際ワークショップ MANPU (International Workshop on coMics ANalysis, Processing and Understanding) が立ち上げられた.

MANPU2016
MANPU2017

また,松下と山西が中心となって国際会議 ACIS (Asian Conference on Information Systems) におけるセッションも企画された.

ACIS2016 Special Session 「Comic Computing」
ACIS2017 Special Session 「Comic Computing」

コミックは,言語と画像のマルチメディアによって音や動きを伝達するマルチメディアであり,実写映画やアニメなどへのトランスも頻繁に行われるメディアミックスコンテンツ,クロスメディアコンテンツである.このようなコミックの特性と世界的な注目度を考えたとき,コミック工学のコミュニティ自体もより多様性を持つべきであると考えている.我々は,現在,研究者のみならず出版社や漫画家,アニメ声優などの多くの漫画関係者にもご協力いただき,アカデミックと実務との協調的なコミュニティへと進化してきている.研究分野やメディア,そして,文化を超えて,全てのマンガを愛する世界中の人々が集まって,マンガを楽しむための技術や環境を構築させるために尽力していきたい.

関連学会・国際会議

日本マンガ学会
マンガ研究の推進を目的とした学会.漫画関連書籍検索を提供している.

ICDAR(IAPR International Conference on Document Analysis and Recognition)
文書画像処理に関わるトップランクの国際会議(2017年は京都で開催).
ACM SIGGRAPH
CG とインタラクティブシステムに関するトップランクの国際会議.

IDPF Workshop on Sequential Art (Comics, Manga, Bandes dessinees, and new form)
電子書籍フォーマット関連の国際ワークショップ.

国内の研究グループ・研究者

コミックに関わる研究を行っている国内の研究室・研究者を以下に紹介する.

<研究室>
相澤・山崎研究室
(東京大学大学院情報理工学系研究科)
コミック工学研究の中心的研究組織のひとつ.機械学習やパタン認識技術を活用し,コミック画像からの情報抽出や要素認識について勢力的に研究を推進している.
黄瀬・岩田研究室(大阪府立大学大学院工学研究科 知能メディア処理研究室)
コミック工学研究の中心的研究組織のひとつ.機械学習によるコミック要素抽出や,視線計測にもとづくコマ単位の同定など,独創的な研究を進めている.
杉本・永森研究室(筑波大学)
コミック工学研究の中心的研究組織のひとつ.図書館情報学の視点から,メタデータ付与や構造化に関する研究を進めている.
渡辺研究室(早稲田大)
画像処理・メディア処理の立場からコミック画像の画像解析や自動要約に関する研究を行っている.
村上研究室(大阪市立大)
コマ内のキャラクタの出現頻度やキャラクタ同士の共起頻度に着目し,相関関係の自動獲得を目指した研究を行っている.
白井研究室(神奈川工科大学)
Manga Generator を中心に,実世界インタフェースの視点からコミック工学研究に取り組んでいる.
中村研究室(明治大学総合数理学部)
「平均文字」や「ネタバレ防止」をキーワードとして,HCIの視点からコミック工学研究に取り組んでいる.
茅・豊浦研究室(山梨大)
マンガによるビデオサマリ生成や漫画レイアウトに関する研究を行っている.
西原研究室(立命館大)
コミック・アニメに描かれている文化的特徴(日常的言語表現や行動様式など)に着目して,多言語翻訳や日本語教育への工学的活用を試みている.
松下研究室(関西大学)
「質問応答」や「探索的検索」をキーワードとして,コミックの検索や抽出に関する研究に取り組んでいる.
<研究者>
松井勇佑(NII)
東京大学相澤研究室在学時より漫画・イラストの画像処理に関する研究を精力的に行っている.
上野未貴(豊橋技科大)
4 コマ漫画の意味・意図理解や,4 コマ漫画生成について研究を進めている.
山西良典(立命館大)
漫画の描画表現のコミュニケーションツールへの利用や漫画の中で用いられる効果音・BGMの検索など,漫画に関わるマルチメディア処理研究に取り組んでいる.
迎山和司(はこだて未来大)
4コマ漫画の自動生成に興味を持ち,メディアアート,ジェネラティブアートの観点からコミック研究に取り組んでいる.
角康之(はこだて未来大)
ComicDiary を提案するなど,コミック表現の応用のさきがけとなる研究を行った.
シモセラエドガー(早稲田大学)
ラフスケッチの自動線画化や白黒写真の自動色付けに関してマイルストーンとなる技術を提案した.また,それらの手法のWebサービスを公開しており,一般の人がこれらの手法を試せる環境を整えている.

おわりに

本稿では,コミック工学の可能性について,これまでに行われている研究を概観しつつ検討した.上述した研究の多様性からも伺えるように,コミック工学に関わる研究は多岐にわたる.コミック工学が狙うのは分野を跨った研究の創出・連携の促進である.加えて,サブカルチャに関する人文科学的研究に新しい分析手段やツールを提供し,当該分野の発展に寄与することも期待できると考えている.そのため,異なる専門性や研究分野の研究メンバが相互に共用可能なコミックコーパスを整備すると同時に,コミック自体だけでなく,Wikipedia やブログなどコミックに関連する Web上の情報も利用して,コミックコンテンツを計算機で取り扱える知識の形式に変換し,それを蓄える知識ベース(リポジトリ)を構築する必要がある.今後,こうした連携や環境の整備を通じて,コミックに関わる研究が発展することを期待する.