【記事更新】私のブックマーク「仮想世界の社会科学 (Social Science in Virtual Worlds)」


私のブックマーク

仮想世界の社会科学 (Social Science in Virtual Worlds)

高野雅典(株式会社サイバーエージェント)
URL: https://www.cyberagent.co.jp/techinfo/labo/

はじめに

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やソーシャルゲームなどのインターネット上のソーシャル系Webサービスは,ヒトの社会的行動に関するビッグデータを生み出します.このようなソーシャルビッグデータの分析によってヒトや社会の性質について知ろうとする領域は計算社会科学[1]と呼ばれています.本稿ではそのうち特に仮想世界のデータを使った研究について紹介します.

ソーシャルネットワーキングサービスや携帯電話は基本的にオフライン(実世界)の延長である一方,オンラインゲーム(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(MMO-RPG)やソーシャルゲーム(Social Network Game))のデータは実世界とは別の仮想世界での出来事の記録です.そのため次のような特徴を持ちます.その仮想世界ではプレイヤーは実世界の様々な物理的・社会的制約から解放されます.プレイヤーは実世界とは独立した人格を持つことができ,年齢性別や顔立ちや体格も自由に変えることができます.能力や実績も実世界とは独立です(また分析に都合がいいことに,それらは数値化されています).そして,基本的には現実世界とは関係なく,その仮想世界での行動に基づいてプレイヤーの資産(武具・アイテムや家など)が形成されます.一方で,その仮想世界独自の通貨に基づく経済現象や,恋愛や婚姻関係,限られた報酬を巡った争いごとやその争いごとで有利になるための同盟形成など,現実世界さながらの様々な社会現象も発生します.

以上の特徴から,仮想世界の社会科学研究は以下のことを可能にすると考えられます.もし仮想世界で現実世界と類似した現象が観測されるのであれば,それは現実世界よりも詳細なデータが取得可能です.そして,それは現実世界よりもシンプルなルールのもとで発生した現象であるため,その現象は理解がしやすく,現実世界の理解に役立つでしょう.また,仮想世界は現実世界とは異なる仕組みを持つ別世界です.そのような別世界で起きる現実世界と類似した/異なる社会現象は、現実世界を理解するための新たな洞察をもたらすでしょう.

関連文献

ここでは仮想世界における社会科学研究についてレビューしている文献を紹介します.

W. S. Bainbridge, The Scientific Research Potential of Virtual Worlds[2], Science, Vol. 317, No. 5837, pp. 472-476, 2007.
仮想世界を利用した経済現象や社会現象研究の可能性とその方法論について仮想世界Second LifeとMMO-RPG War of Warcraft (WoW) を用いて議論しています.仮想世界を使った大規模社会実験(バーチャルラボ)と仮想世界のデータを使った観察研究の研究成果のレビューをし,ソーシャルビッグデータ分析による量的研究が社会科学を大きく発展させることについて期待を述べています.
M. Szell, The artificial world of the Pardus game: First lessons[3], INSITE Kickoff-Meeting, Venice, Italy, Apr 2011.
Szell博士による仮想世界のデータを使った社会科学のレッスン.Pardusというゲームのデータを用いたソーシャルネットワーク分析を紹介しています.個人間の関係性にはポジティブなものからネガティブなものまで様々な関係性が存在しますが,現実世界やソーシャルネットワーキングサービスのデータでは個人間の関係性は把握しづらいものです.一方でゲームの世界では,敵・味方など関係性は仕組みとして明確に存在するため簡単に扱うことができます.それを利用して関係性がネットワークの構造に与える影響について分析しています.Szell博士の研究は仮想世界の性質をうまく活かしてヒトや社会を知ろうとするものが多く参考になります(例えば “Understanding mobility in a social petri dish[4]“).
S. Deterding, Social Game Studies: A Workshop Report[5]. With contributions by S. Björk, S. Dreyer, A. Järvinen, B. Kirman, J. Kücklich, J. Paavilainen, V. Rao & J. Schmidt. Hamburg: Hans Bredow Institute for Media Researc, 2010.
2010年に開催されたソーシャルゲームワークショップのレポート.ゲーム世界に関する社会科学研究を含め,ゲームビジネスやゲームデザインなどゲームに関する研究,ゲームに関する国際会議・研究者・文献などがまとめられています.
J. Foster, Taking the avatar approximation: throughput social-science in virtual worlds[6], 2008.
Foster博士の仮想世界の社会科学講義動画.ここではWoWを題材として,仮想世界という道具がもたらした社会科学のパラダイムシフトと展望について解説しています.
広瀬幸雄, 前田洋枝, 杉浦淳吉, 垂澤由美子, 大沼進, 野波寛, 安藤香織, 仮想世界ゲームから社会心理学を学ぶ[7], ナカニシヤ出版, 2011.
広瀬博士らによる社会心理学の教育・研究ゲームとして作成された仮想世界ゲーム “SIMINSOC (Simulated International Society)” の仕組みとそれを使った研究の知見の紹介.SIMINSOCはオンラインゲームではなくテーブルゲームです.この仮想世界では個人の生活や経済が存在しており,個々のプレイヤーは自分の立場や状態に従って行動をします.その結果,この世界では個人・団体・世界レベルで様々なこと(飢餓,デモ,テロなど)が発生するので,それを社会心理学の観点から分析しています.各章では各研究トピックにおける社会心理学研究の丁寧なレビューの後,この仮想世界を使った研究の紹介をしています.そのため,ヒトや社会についてどのような課題があって,仮想世界のデータではどのようなアプローチが可能かについて参考になります.
山口浩, 「ゲーム内経済学」という考え方[8], 東京大学ゲーム研究プロジェクト 11月定例研究会, 2005.
山口博士によるゲーム内経済学の発表資料.ゲーム内経済の研究(BartleやCastronovaなど)をレビューし,ゲーム内で起きている経済現象とこれからの展望,現実世界とゲーム世界の経済現象の類似性と違いについて解説しています.

データの入手

仮想世界の分析をするためにはその世界のデータを入手しなければなりません.他者に見せることが目的で投稿内容が残るソーシャルメディアと異なり,オンラインゲームでの振る舞いは基本的にその場限りのものであり,後から入手することは困難です.したがってそのデータを手に入れることは,ソーシャルメディアに比べてやや困難です.本節では仮想世界データの入手方法について述べます.

公開されているオンラインゲームデータを利用する
オンラインゲームの運営会社や有志のプレイヤーがゲームのデータを公開している場合があります.また,ゲームデータを使った研究の研究者が,そのデータを公開している場合もあります.BigQuery[9]にはIncremental Gameの一種Crank[10],MMO-RPGのDota 2[11]の2つのゲームデータが公開されています.HearthScry[12]にはHearthstoneの対戦履歴のデータが公開されています(有志のプレイヤーのデータのみ).また,WoWのデータは様々な研究に用いられており,研究のために集められたデータが公開されています(例えばWorld of Warcraft Avatar History Dataset[13]Very Large World of Warcraft Armory Dataset[14]など).
クローリングする
オンラインゲームはインターネットからアクセス可能であるためクローリングするなどして自分で集めることができます(ただし運営会社がそれを認めているかについて規約の確認が必要です).WoWなどを運営しているBlizzard EntertainmentはゲームのAPIを公開しているため,それを使ってデータを集めることが可能です.例えば “The life and death of online gaming communities: a look at guilds in world of warcraft[15]” ではWorld of Warcraftの世界で自身のキャラクターを様々な場所に移動させ,そこでの他プレイヤー同士のコミュニケーションのデータを集めています.
仮想世界を自分で作る
ゲームを自分で開発・運営することで,そのデータを分析することができます.上記のSzell博士が使っているPardusのデータは自身がFounderとManagerを務めるBayer & Szell OGで開発・運用されています.そのような大規模なオンラインゲームだけでなく,上記の広瀬博士らのようにテーブルゲームを設計・実施すれば,より手軽にプレイヤーのデータを集めることができます.
ゲームを運営している組織で研究する
仮想世界のサービスを自分で運営している企業に在籍していれば自社のデータを分析することができます.例えば,Microsoft Researchでは自社製品のHalo 3のデータ分析研究[16]をしています.また株式会社サイバーエージェントにおいても自社で開発・運営をしているソーシャルゲーム 「ガールフレンド(仮)」[17]仮想世界のコミュニティサービス「アメーバピグ」[18]のデータを用いた研究をしています.
ゲーム企業からデータの提供を受ける
上記のようにオンラインゲームを運営している企業はそのゲームのデータを持っています.そのためそのような企業との共同研究などによって,そのデータ提供を受けることができます.

国際会議・ジャーナル

ここでは仮想世界データを使った論文が発表・掲載されるに国際会議・ジャーナルについて大まかに紹介します.以下で挙げるもの以外にも,研究対象の社会現象に関する分野のジャーナル(物理学・経済学・心理学・民族学など)や総合科学ジャーナル(Nature[19]Science[20]PNAS[21]PLoS ONE[22]など)にも幅広く研究が掲載されています.

ゲーム系国際会議・ジャーナル
ゲームを扱う国際会議・ジャーナルには,オンラインゲーム上での経済・社会現象を扱った論文も掲載されています. Digra[23], Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking[24], Games and Culture[25]などが挙げられます.
計算社会科学系の国際会議・ジャーナル
仮想世界の社会科学は計算社会科学にも関わりが深いため,そこでも仮想世界データ分析の研究は発表されます.それらについては私のブックマーク 計算社会科学 (Computational Social Science)[1]をご参照ください. それらに加えて,Social Networks[26]Computer-Supported Cooperative Work and Social Computing (CSCW)[27]Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI)[28]でも仮想世界の社会科学に関する発表がされています.また,CHI2011ではSocial Game Studies[29],SocInfo2014ではEGG 2014: Exploration on Games and Gamers[30]というワークショップが開催されました.

おわりに

本記事では仮想世界の社会現象にアプローチするための情報を紹介しました.現代は対面の会話や電話だけでなくEメール・SNSなど様々なコミュニケーション手段が混在し,それらは凄まじいスピードで入れ替わり,様々な使われ方をしています.それに伴い我々の社会の姿形もダイナミックに変化していきます.別の世界(仮想世界)で起きる社会現象の分析手法や知見は,そのような未知の社会に対応するための強力なツールとなるでしょう.

本記事は全てを網羅しているわけではありませんが,これから仮想世界の社会現象について研究する方の一助となれば幸いです.

謝辞

本稿執筆にあたりコメントをいただきました鈴木麗璽氏に深く感謝いたします.

[1]https://www.ai-gakkai.or.jp/my-bookmark_vol30-no6/
[2]http://science.sciencemag.org/content/317/5837/472
[3]http://michael.szell.net/downloads/talk_szell2011awp.pdf
[4]http://www.nature.com/articles/srep00457
[5]http://socialgamestudies.org/report
[6]http://videolectures.net/cvss08_foster_taatss/
[7]http://www.nakanishiya.co.jp/book/b134821.html
[8]http://www.h-yamaguchi.net/2005/11/post_70fa.html
[9]https://cloud.google.com/bigquery/
[10]https://medium.com/@hoffa/gaming-analytics-for-crank-an-incremental-game-62323879d43c
[11]https://github.com/yasp-dota/yasp/issues/924
[12]http://www.hearthscry.com/CollectOBot
[13]http://mmnet.iis.sinica.edu.tw/dl/wowah/
[14]http://www.psl.cs.columbia.edu/1276/very-large-world-of-warcraft-armory-dataset/
[15]http://dl.acm.org/citation.cfm?id=1240750
[16]https://www.microsoft.com/en-us/research/publication/sociable-killers-understanding-social-relationships-in-an-online-first-person-shooter-game/
[17]http://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-319-47880-7_8
[18]https://arxiv.org/abs/1605.07305
[19]http://www.nature.com/
[20]http://www.sciencemag.org/
[21]http://www.pnas.org/
[22]http://journals.plos.org/plosone/
[23]http://www.digra.org/
[24]http://www.liebertpub.com/overview/cyberpsychology-behavior-and-social-networking/10/
[25]http://journals.sagepub.com/home/gac
[26]https://www.journals.elsevier.com/social-networks/
[27]https://cscw.acm.org/
[28]https://chi2017.acm.org/
[29]http://socialgamestudies.org/chi2011
[30]http://egg2014.url.ph/