Vol.18 No.1 (2003/01) 人工生命


私のブックマーク

人工生命」

有田隆也 (名古屋大学大学院人間情報学研究科
佐山弘樹 (電気通信大学電気通信学部

1.はじめに

 「人工生命」という研究領域は,その誕生から既に15年が経つに至りました.いくつかのブームとその衰退を経て,それでも研究領域自体の認知度は,ここ数年,日本でもかなり高くなってきたように思います.毎度毎度,その意味,研究事例,学術的意義などを一通り説明して廻らないといけなかった以前のような状況は少なくなってきました.同時に,「人工生命を(きちんと学問的に)勉強したい」といった声も,ちらほら聞かれるようになりました.そうした方々の学習・研究のとっかかりの一助になればと思い,人工生命関連のウェブサイトをまとめてみました.
 ただし,人工生命の領域には,「これを勉強して,次にこれを踏まえて,そしてこれを押さえればいっぱしの人工生命研究者」というような体系がありませんので,その点をご注意いただかねばなりません.これは,研究領域が新しいから,という理由だけではありません.この領域では,生命性・適応性・多様性・複雑性といった普遍的テーマに対していかにオリジナルかつダイナミックな切り口でアプローチできるかという点にこそ意義があり,また,研究の題材や方法論自体も(エージェントベースモデリングや進化的計算等に代表される構成的手法が主である,という緩やかな中心はありますが)それ自体常に革新していくべきものであると考えられているからです.

2.全般的な情報

 人工生命というのは,わりと最近まで,「学術的な組織や枠組みにはなじまない」と考えられてきたフシがあるのですが,昨年(2001年)になって,人工生命のための国際的な学会組織International Society for Artificial Life (ISAL)が正式に発足しました.そのサイトが[1]です.設立の中心となったのは,シミュレーションを手段として様々な進化研究に取り組んでいるアメリカの哲学者Mark Bedauらです.まだまだ成長段階にある組織ですが,MIT PressのジャーナルArtificial Life(「4.雑誌」の[1]参照)を新たに学会の機関誌として位置づけ,会員になると同誌が送付されるようになりました.また,関連する国際会議ALIFE, ECAL, SAB, AROB(「3.国際会議」参照)の参加料金の割引などの会員特典も計画されています.人工生命そのものが広い領域を緩やかに結びつける研究領域ですので,今後もがちがちの学術組織になるとは思えませんが,とりあえず人工生命研究の主要リソースとして中枢的な役割を担うようになることは期待できるでしょう.
 [2]は,比較的古くから,インターネット上のさまざまな人工生命に関するソフトウェアや論文などへのリンクを集めてきたサイトです.内容的には最新という訳ではありませんが,それでも200余りのリンクが現在あります.[3]は,著者のひとり(有田)がもう一方の著者(佐山)などの協力を受けながら整備してきた国内では最大(と思われる)人工生命のリンク集で,今回ご紹介するブックマークも全てここに含まれていると思います.330ぐらいのリンクが現在あります.もっときちんと整備しようといつも思っているのですが,ずるずると現在に至っています.他にも,[4][5][6]といった充実したリソースがあります.これらは比較的よくメンテナンスされ広く利用されています.
 日本国内で人工生命を専門的に扱う学会組織というのはまだありませんが,著者らが世話人の一部となって「人工生命研究会」[7]という集まりをつくっています.この研究会の歴史は実は比較的古く,会津泉氏が管理されていた時期には,出版やイベントの開催で日本における人工生命の普及に小さからぬ役割を果たしてきました.現状はメーリングリストによる情報交換が主ですが,2年ほど前には参加者100人を集めてシンポジウムも開催しました.メーリングリストのログはウェブ上で見ることができます.
 現在の人工生命研究は,応用面での一定の成果をあげつつも,「生命の本質に関わる問題はいったい何なのか,それに対して人工生命研究はどうアプローチしていくのか」という基本的な問いを再度検討し,1つの学術分野としての方向性を定める動きに入っています.中でも,これからこの分野に参入する若い方にぜひ読んで頂きたいのが,第7回人工生命国際会議の最終日のラウンドテーブルでの議論を元に,先のBedauらが中心になってまとめた論文[8]です.このなかで人工生命のグランドチャレンジとして14の問題が提起されています.人工生命に関する日本語の教科書としては,我田引水になりますが,著者のひとりによる[9]を挙げたいと思います.

[1] International Society for Artificial Life
   http://www.alife.org/
[2] Welcome to Zooland! “The Artificial Life Resource”
   http://zooland.alife.org/
[3] 人工生命の宝庫
   http://www2.create.human.nagoya-u.ac.jp/~ari/stuff/alifesoft.html
[4] The Complexity & Artificial Life Research Concept
   http://www.calresco.org/
[5] Complex Adaptive Systems and Artificial Life by M. Sipper
   http://www.cs.bgu.ac.il/~sipper/caslinks.html
[6] Google Directory _ Computers > Artificial Life
   http://directory.google.com/Top/Computers/Artificial_Life/
[7] 人工生命研究会
   http://www2.create.human.nagoya-u.ac.jp/~ari/stuff/aliren.html
[8] Open Problems in Artificial Life
   http://mitpress.mit.edu/journals/ARTL/Bedau.pdf
[9] 有田隆也, 人工生命(改訂2版),医学出版,2002.
   http://www2.create.human.nagoya-u.ac.jp/~ari/stuff/book.html

3.国際会議

 この領域に関心の深い人がもっとも注目するのが,国際会議のInternational Conference on Artificial Life (ALIFE)[1],及びEuropean Conference of Artificial Life (ECAL)[2]です.これらの会議は,注目度合(例えば採択された論文の引用度合)の観点からみて,インパクトファクターがかなり高いといわれるジャーナルArtificial Life誌に勝るとも劣らない影響力をもっていると言ってよいかもしれません.中でも,人工生命の領域の土台を磐石なものとしたのは,1990年に開催された第2回目のALIFEでしょう.現在では古典の部類に入るThomas Rayの進化システムTierraやChris Langtonのセルオートマトンに関するλパラメータの研究など,重要な論文がここで多数発表されています.この会議は隔年開催で,今年12月にオーストラリアにて開催される分で第8回目を迎えます.競争率は比較的高く,フルペーパー査読で採録率3~4割程度です.最も重視されるのは,オリジナリティが高く,かつ説得力もある自分のシナリオをきちんと持っているかという点です.一方,やはり1年おきにALIFEと交互になる形で開催されるECALでも,味わいのある研究が多数発表されてきました.次回第7回目はドイツで,来年9月に開催されます.
人工生命に直接関わる第3の国際会議が,大分大学やサンタフェ研究所等の主催で日本で定期的に開催されているInternational Symposium on Artificial Life and Robotics (AROB)[3]です.ロボティクスよりですが,非常に幅広い議題が取り扱われてきました.この会議は毎年開催されており,次回は2003年1月に大分で開催されます.地理的な要因から,中国や韓国など,ALIFEやECALではあまり会うことのないアジアの研究者も多数参加します.
 以上の3つが「人工生命」を会議名にはっきり謳っている主要な国際会議ですが,このほかにも関連する重要な会議がいくつもあります.International Conference on the Simulation of Adaptive Behavior (SAB)はFrom Animals to Animatsというサブタイトルを持ち,生物や人工物における適応行動に焦点を絞ったユニークな国際会議です.人工生命領域にも大きくかかわります.学会組織[4]もできており,次回のSABは2004年に開催されます.[5]は,進化的計算を中心に,人工生命領域もカバーする巨大な国際会議です.次回は来年7月にアメリカのシカゴで開催されます.[6]は,やはり進化的計算を中心としつつ,生物学に近い領域もカバーする国際会議です.次回は2003年12月にオーストラリアで開催されます.[7]は,生物に着想を得た進化システム(ハードウェア)に関する国際会議で,次回は2003年3月にノルウェーで開催されます.

[1] Artificial Life VIII
   http://parallel.hpc.unsw.edu.au/complex/alife8/
[2] ECAL 2003
   http://www.ecal2003.org/
[3] AROB: 8th International Symposium on Artificial Life and Robotics
   http://arob.cc.oita-u.ac.jp/
[4] International Society for Adaptive Behavior
   http://www.isab.org.uk/
[5] GECCO 2003
   http://www-illigal.ge.uiuc.edu:8080/GECCO-2003/
[6] CEC 2003
   http://www.cs.adfa.edu.au/cec_2003/
[7] ICES 2003
   http://ices03.idi.ntnu.no/

4.ジャーナル

 先述のように,[1]のArtificial Life誌は人工生命国際学会ISALの機関誌という扱いとなりました.年4回刊行で,毎回オリジナル論文を4~5本掲載しています.[2]は遺伝的アルゴリズムなどの進化的計算手法のためのMIT press発行のジャーナルで,理論に関する興味深い論文もかなり載ります.[3]は生物や人工物における適応行動のためのジャーナルで,MIT Pressから先述の学会SABへ出版母体が移動しました.[4]は国際会議AROBに連動した部分もありますが,比較的広い範囲から短めの論文が載ります.最後に,関連する興味深いジャーナルとして, Dawkinsの考え出したミーム(文化的遺伝子)に関するオンラインジャーナル[5]も紹介しておきます.なお,ここに紹介した以外にも,人工生命研究をテーマとして受け入れるジャーナルは数多くあり,その数は増えているように思います(特に複雑系科学関連のジャーナル等).

[1] ARTIFICIAL LIFE
   http://mitpress.mit.edu/journal-home.tcl?issn=10645462
[2] Evolutionary Computation
   http://www-mitpress.mit.edu/journal-home.tcl?issn=10636560
[3] ADAPTIVE BEHAVIOR
   http://www.isab.org/journal/
[4] Artificial Life and Robotics
   http://link.springer.de/link/service/journals/10015/
[5] Journal of Memetics
   http://jom-emit.cfpm.org/

5.気になるトピックス

 人工生命の領域には,様々な領域に関わる刺激的でチャレンジングなトピックスが豊富にあります.ここではそれらの一部を順不同に紹介することにします.

[1] Artificial Self-Replication
  http://www.cs.bgu.ac.il/~sipper/selfrep/
  http://lslwww.epfl.ch/~moshes/chessrep/src/chess.html
 昨年 Scientific American に紹介記事が載ったり,人工生命国際会議で新しいモデルが多数発表されたりと,最近,また研究トピックとして頻繁に取り上げられるようになってきた人工自己複製システムに関する文献集です.チェス盤を用いたデモアプレットもあります.
[2] The Baldwin Effect: A Bibliography
   http://www.cs.bath.ac.uk/~jjb/web/baldwin.html
 進化と学習の関わり合いに関する重要な知見であるBaldwin効果に関する文献集です.簡単な入門記事もあります.Evolutionary Computation誌のBaldwin効果に関する特集号の記事すべてが入手可能です.
[3] Artificial Chemistry
  http://ls11-www.informatik.uni-dortmund.de/achem/
ドイツDortmund 大のPeter Dittrichらによる人工化学に関するサイトです.
[4] ANT COLONY OPTIMIZATION
  http://iridia.ulb.ac.be/~mdorigo/ACO/ACO.html
 蟻の群れ振舞いにヒントを得て最適化問題等を解かせようという試みACOに関するサイトです.メーリングリストも運営されています.
[5] Memetics publications on the web
  http://users.lycaeum.org/~sputnik/Memetics/index.html
 Memetics(ミーム学)に関するオンライン論文へのリンク集です.
[6] 進化心理学・人間行動生態学 ~進化研究と社会 用語集
  http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/index.html
 進化研究と社会に関わるさまざまなトピックスが紹介されています.最新の情報も充実しています.人工生命に関するページもあります.
[7] Reed College Artificial Life Project
  http://alife.reed.edu/
 ISAL の会長になり精力的に活動している Mark Bedau らの人工生命プロジェクトのサイトです.国際的に共同研究者のネットワークを広げ,いろいろなプロジェクトを立ち上げています.
[8] Digital Life Laboratory at the California Institute of Technology
  http://dllab.caltech.edu/
 ディジタル生命Tierraのもっとも定評ある後継モデルAvidaを作成したChris Adamiが率いるグループのサイトです.Avidaに基づいた,生物学者Richard Lenskiとの共同研究の成果はNature誌の論文として発表されています.

6.典型的な人工生命ソフトウェア

 人工生命に関わる典型的なソフトウェアシステムをジャンル別に少しずつ紹介します.

・言語

[1] The Swarm Simulation System
   http://www.swarm.org/
 人工生命の研究領域を切り拓いたChris Langtonらが開発したエージェントベースモデリング,あるいは人工生命的な研究のための総合的な開発環境です.Windowsにも容易にインストール可能になりました.
[2] StarLogo Home
   http://education.mit.edu/starlogo/
 MITのMedia Labで開発された人工生命の教育/研究にも適したプログラミング言語StarLogoに関するサイトです.S. PapertによるLogo言語に基づいていますが,並列にタートルが動作し,環境の記述もできます.“Turtles,Termites, and Traffic Jams: Explorations in Massively Parallel Microworlds”(MIT Press)に続いて,“Adventures in Modeling: Exploring Complex, Dynamic Systems with StarLogo”(Teachers College Press)という本も出版されました.
[3] Connected Mathematics
   http://ccl.northwestern.edu/cm/
 Northwestern大学においても,NetLogo/StarLogoTとして,StarLogoの改良バージョンの開発が続けられています.Javaで実装されており,Windows, Mac, UNIXで動作します.

・セルオートマトン

[4] 1D and 2D Cellular Automata explorer
   http://www.mirekw.com/ca/index.html
 Mirek Wojtowiczによるセルオートマトンに関するサイトでソフトウェアや「ギャラリー」等があります.Windows用のソフトウェアは多数のルールを組み込んでおり,また,ユーザが自由に定義できます.

・遺伝的アルゴリズム(GA)

[5] 東京大学伊庭研究室-ソフトウェア
   http://www.miv.t.u-tokyo.ac.jp/ibalab/software.html
 東京大学の伊庭研究室による試験的に公開中のソフトウェア群の中に,秀逸なインタフェイスを持つGAに関するシミュレータがあり,自分で定義した関数の最大値を求めることができます.

・ ディジタル生命

[6] Tierra home page
   http://www.isd.atr.co.jp/~ray/tierra/index.html
 Thomas Rayのディジタル生命Tierraに関する情報サイトです.さまざまなプラットフォーム用のTierraがあります.最新のWindowsでも動きますが,簡素なインタフェイスで残念ながら使いやすくありません.
[7] Avida Software
   http://nemus.dllab.caltech.edu/avida/
 California 工科大のChris AdamiによるTierraの拡張です.彼の著書“Introduction to Artificial Life (MIT Press)”で題材として使用されており,また生物学者との共同研究など様々な研究に使われてきました.

・ 群れ,形態,グラフィックス

[8] Boids
   http://www.red3d.com/cwr/boids/
 Craig Reynoldsによる鳥や魚の群れの動きの人工生命的なシミュレーションに関する情報サイトです.彼のこの研究は,多くの研究者に影響を与え,また映画などのエンタテインメント方面でも実用化されてきました.
[9] sodaplay
   http://www.sodaplay.com/
 バネ,筋肉から構成される人工生物の動作を観察するサイトです.自分で生物を作ったり,重力,摩擦,筋肉の強さなどを調整したりできます.動いている生物をマウスで操作することも可能です.

・ 囚人のジレンマ

[10] PRISON project
   http://www.lifl.fr/IPD/index.html.en
 Philippe MATHIEUらによる囚人のジレンマに関する情報サイトです.シミュレーションするためのソフトウェアがなかなかよくできています.なお,ブラウザの言語の設定で英語サポートにする必要があります.

7.終わりに

 以上,人工生命関連のウェブサイトの中から,まとまりの無いままいくつかの例を紹介しました.冒頭で述べたように,人工生命の研究領域には「これだ」という定型のパターンというものはないので,それぞれのサイトがそれぞれ独自の目的,視点,方法論で構成されており,系統立てて見ていくのは難しいところもあるのですが,人工生命研究の魅力を知ったり,とりあえず研究の動向を知る上での手がかりにしていただければと思います.
 なお,人工知能の領域において現在では知能の解明という面より応用の面がしばしば重視されるのと同じように,人工生命においても応用を重視する立場がありえます.特に,人工知能や計算機科学の領域の中に人工生命を位置づけようとする場合には,GAやGP等の手法を実問題へ応用するという工学的立場が重要になると思います.しかしながら,本稿では,あえてその方面の話題をあまり採り上げず,「人工生命=生命や社会などの複雑なシステムに対して新しい構成的な視座と方法論を提供する自然科学の1つ」という立場から,限られた紙面の中でより広範な話題を提供するように心がけました.