【記事更新】教養知識としてのAI 〔第7回〕半導体製造とAI


第7回
半導体製造とAI

未来を拓くフラッシュメモリ,
その生産を支えるAI

Semiconductor Manufacturing and AI

Flash Memory and AI as an Enabling Technology of Its Production

折原 良平  キオクシア株式会社
Ryohei Orihara  Kioxia Corporation

Keywords: flash memory, computer integrated manufacturing, clustering, convolutional neural network.

1.フラッシュメモリを支える技術

 フラッシュメモリは,電源を切ってもデータが消えない不揮発性メモリの一種で,スマートフォン,SD メモリカード,ゲーム機など家庭で身近に使われる機器に広く用いられているほか,カーナビゲーションや車載電子装置として自動車向けに使われていますし,ノートパソコンやデータセンターの記憶装置であるSSD*1 としてオフィスでも広く活用されています.スマホの中で使われているフラッシュメモリは32 ~ 512 GBの容量がありながら,薄さはなんと約1mm*2 です.フラッシュメモリには小型・薄型化,大容量化,高速化の技術が詰まっています.
 IoT 時代の到来,クラウドコンピューティングの普及,自動運転技術の進展などにより,人類が生成し,蓄積する情報量は増加の一途を辿っています.世界のディジタルデータの総量は2014 年に11.5 ZB*3 に到達しました.今後,2023 年までに103 ZB へ大幅に増加するといわれています*4.この急速な時代の変化を背景に,フラッシュメモリを利用したストレージ需要は今後,飛躍的に増加すると予想されています.
 フラッシュメモリ事業における業務には,基礎理論の研究,商品企画,製品の設計,開発,そして評価および量産があります.この中のさまざまな業務においてAI技術が活用されています.例えば,走査電子顕微鏡(SEM*5)を用いた欠陥検査のための新たな手法として,半導体ウェハ上の金属配線のショートや断線などの欠陥を,回路のCAD レイアウトを利用して効率的に発見する手法が開発されています.ウェハ上でCAD レイアウトと異なっているパターンが欠陥ですが,実際のパターンはCAD レイアウトと完全には一致しないため,単純に画像どうしを比較すると欠陥以外の部分を過剰に検出してしまいます.そこで機械学習の手法を活用してCAD レイアウトを本物そっくりのSEM 像に変換し,得られた画像と実際の検査画像を比較するという手法を利用しています.
 今回は,フラッシュメモリの製造工程にて活用されている技術を中心に紹介します.


*1 Solid State Drive
*2 キオクシア製のコントローラ内蔵型のフラッシュメモリUFS の場合(2019年5 月20 日時点).
*3 1 ZB = 1 000 000 000 TB
*4 IDC Worldwide Global DataSphere Forecast, 2019-2023(Doc#US44615319,Jan 2019)による.
*5 Scanning Electron Microscope

2.フラッシュメモリの製造

 フラッシュメモリを含む半導体チップの製造工程は,電子回路を半導体ウェハ表面に形成する前工程と,ウェハをチップに切り出してパッケージとして組み立てる後工程からなります.図1 上部は,フラッシュメモリの前工程の流れを模式的に表したもので,シリコンインゴットを薄く切断してつくられたウェハに対し,さまざまな加工を繰り返し,最後に電気的なテストを行って,正常に動作していることを確認します.この一連の流れが前工程です.
 加工には,ウェハに膜を付ける成膜工程,写真と同様な技術を使ってウェハに回路を転写するフォトリソグラフィー工程,薬品や荷電粒子を使って膜を除去するエッチング工程などがあり,図1の中では「製造」と示されています.これらはすべて製造装置の中で自動的に行われます.製造工程の間には検査工程があり,所望の加工が行えているかをチェックします.図1 の中で「検査計測」と示されている部分がこれに当たります.図1 上部で,グレーの矢印がループを描いているのは,これらの工程を繰り返しながら製造が行われることを表しています.
 キオクシアの四日市工場や北上工場では,ウェハが工程間を搬送装置によって運ばれることにより生産が進んでいきます.このように自動化された生産ラインからは大量のデータが収集され,品質や効率の改善に用いられます(図1 下部).

フラッシュメモリの製造工程と収集されるデータ
図1 フラッシュメモリの製造工程と収集されるデータ

3.生産へのAI の活用

 フラッシュメモリ製造における競争力確保にはローコスト化が必須であり,そのために重要な施策の一つが生産上の課題の早期発見・解決による品質確保です.その実現には,上記のように,大量のデータを収集し,品質監視と課題解決を行う技術者に提供する情報システムを構築し,それに基づき品質を確保することが有効です.しかし,生産規模の拡大に伴い,データ解析の自動化が求められるようになりました.ここではAI を活用した取組みを2 件ご紹介します.

3・1 歩 留 新 聞

 前工程の最終段階である電気的テストにおいては,ウェハ上のチップが全数検査され,不良チップがウェハ内にどのように分布しているかのパターンが得られます.このパターンと,ウェハを加工した製造装置の使用履歴が不良の原因解析の出発点となります.以下の技術開発によりこの作業の支援を行っています.
● ウェハマップパターンのクラスタリング:不良の発生状況を俯瞰するため,ウェハマップパターンのクラスタリングを行います.クラスタリングとは,大量のデータが与えられたとき,それらを教師なしで類似のデータ群にグループ分けする技術です.データ規模は月に20 万ウェハに及ぶため,技術者にタイムリーな情報を提供するためにはクラスタリングの高速化が必須です.クラスタリングアルゴリズムとしてscalable k-means++を採用することにより,従来に比べて72.5 倍の高速化を達成しました.k-meansはよく知られたクラスタリングアルゴリズムですが,クラスタリング結果は初期セントロイドの選び方に依存します.k-means ++はこれを解決しようとしたものですが,セントロイドを逐次的に選んでいくため,並列化が困難でした.scalablek-means ++では並列化できるよう工夫がなされています.
● パターンマイニングによる原因装置の推定:あるウェハマップクラスタに属するウェハの使用履歴に多く含まれ,それ以外のウェハにはあまり含まれない製造装置が不良原因の候補となります.パターンマイニングアルゴリズムFPGrowth により装置の組合せの出現数を高速にカウントし,χ2 乗(χ2)検定に基づくランキングを行うことで不良原因候補とその確からしさを算出しました.大量のデータから,所定の条件に合ったものを抽出するのがパターンマイニングで,スーパーマーケットのPOS データから併売行動を発見するのに使われたapriori アルゴリズムがよく知られています.FPGrowth は,FPtree というデータ構造を用いることにより,aprioriよりも高速にパターンを抽出することができます.しかし,必要なメモリ量は大きくなります.
● CNN*6 によるウェハマップ分類:過去に発生したウェハマップの再発を監視するため,あらかじめ登録した典型ウェハマップ群への分類を行います.この問題は,ウェハマップをベクトルと考えれば,ベクトル空間に表現されたデータの多クラス分類問題と考えることができます.深層学習出現以前には,この問題にはSVM*7 が広く使われていました.SVM は,データを高次元の特徴空間に写像したうえで線形識別することにより分類を行う方法です.この問題に,CNN の適用を試みました.SVM による分類精度(F1 スコア)が0.884 であったのに対し,5 層のCNN を用いることで0.920 へと向上しました.CNN は画像認識において高い性能を発揮することが知られていますが,入力次元数がたかだか数百であるウェハマップの分類においても有効であることがわかりました.
● 歩留解析情報を1 か所にまとめたポータル「歩留新聞」:これらの情報を1 か所にまとめ,歩留解析業務に必要な情報を簡単に参照できるようにしたWeb ポータル「歩留新聞」を開発しています(図2).これにより,1 件当たりの不良解析に要する時間が約1/3 に短縮されました.

「歩留新聞」サンプル画面
図2 「歩留新聞」サンプル画面

*6 Convolutional Neural Network
*7 Support Vector Machine

3・2 欠陥SEM 画像の自動分類

 工程間の検査の中には,ウェハ上の欠陥のミクロな様相をSEM により観察し,所定のカテゴリーに分類することが含まれます.SEM 画像は1 日に30 万枚撮影されており,欠陥の種類によっては原因工程を絞り込むことができるので重要な検査です.従来は解析者が分類機能をもつツールを用いて半自動で行っていましたが,ツールが苦手とする欠陥カテゴリーが多く,人間の負荷が高いのが課題でした.ここにCNN を用いることにより,自動化可能な欠陥カテゴリーが大幅増加し,人間の負荷を約2/3 に減少させることができました.

4.お わ り に

 上述のとおり,半導体製造においては効率化によるコストダウンが必須であり,キオクシアでも,機械学習をはじめとするAI 技術を活用してフラッシュメモリ生産の効率化に努めてきました.生産上の課題は数多く,すべてを解決することは困難ですが,大量のデータを背景にこうした課題に取り組むことは,データマイニングの実践として興味深いのはもちろんのこと,未知の不良発生メカニズムを解明する科学的関心も満足されますし,改善効果はコストダウンを通じて利益に直結するので,ビジネスメリットに悩むこともありません.AI 研究者諸兄の技術の適用先として,頭の片隅に置いていただければ幸いです.