【記事更新】教養知識としてのAI 〔第5回〕造船設計とAI


第5回
造船設計とAI
AI for Shipbuilding

平方 勝  海上・港湾・航空技術研究所海上技術安全研究所
Masaru Hirakata National Institute of Maritime, Port and Aviation Technology, National Maritime Research Institute.

馬 沖 (同上)
Chong Ma

坂口 憲一 (株)テクノソリューション
Kenichi Sakaguchi Technosolution Co., Ltd.

Keywords: neural network, shipbuilding design, international convention, noise prediction, CAD.

1.国際条約・規則に準拠した船舶設計

 タイタニック号の事故で,多くの人命が失われました.この事故をきっかけに,「海上における人命の安全のための国際条約」ができました.人命と財産を守るための船舶の安全や,船舶からの海洋汚染防止など,海事問題に関する国際規則を作成するために,国連の専門機関である国際海事機関(IMO,図1 参照)があります.加盟している多くの国々の政府関係者が日々議論していますが,日本は世界有数の造船国であり,海運国でもあるため,IMO の中でも大きな役割を果たしています.

IMO本部(ロンドン)
図1 IMO本部(ロンドン)

2.船内騒音規則と船舶の設計

 IMO で2012 年に採択された船内騒音を規制する騒音コード改正について紹介します.2018 年7 月1 日以降に引き渡されるすべての船舶が対象となっています.
 造船所は,この採択された騒音コードに従って,船舶を設計しなければなりません.この騒音コードは,乗組員の健康を守るため,船内環境を改善するために作成されました.船舶の居住区内の騒音レベルを規制値以下にしなければなりません.そして,規制値以下になっていることを実際の船で計測して確認しなければなりません.この計測は,船舶が完成して,船主に引き渡される直前の海上公試で行われます.万が一,騒音レベルが規制値を超えていると改修工事をしなければなりません.改修できないと,船主に船舶を引き渡すことができないことも考えられます.
 船舶を生産するには,1 年~数年程度かかる場合もあるため,生産着手後の早い段階で騒音予測計算を行い,設計・施工を万全にしなければなりません.
 SEA 法という騒音解析手法があります(図2 参照).これは,構造体・空間を伝播するエネルギーの平衡方程式を解く手法です.モデル作成に手間を要し,設計変更に柔軟に対応することが困難です.そこで,多くの造船会社では,Janssen 法と呼ばれる経験的で簡便な方法が長年利用されています.

SEA 法による騒音解析
図2 SEA 法による騒音解析

 設計作業は,試行錯誤の連続であり,設計変更が多く発生するため,簡便に評価できる手法が実用的です.Janssen法によって,経験的な手法で実用的に騒音を予測することができていました.
 船内には,騒音源が数多くあります.なかでも,船舶の推進力を生み出す主機,船内の電気を生み出す発電機エンジンなどが機関室にあるため,機関室内では100 dB(デシベル)程度の騒音になっています.100 dB の騒音の中では,隣の人に話をしても,聞き取れません.主機の騒音は,大太鼓のような低い周波数の音です.機関室から遠く離れた居室の騒音は,主機の振動が大きな影響を与えています.図3 は,居住区内通路の騒音を可視化したものです.機関室の騒音がダクトを伝わってきたことがわかります.

居住区内通路の騒音
図3 居住区内通路の騒音

 しかし,Janssen 法には,①横方向(特に角部屋)の騒音予測が難しい,②船舶の基本的な骨組みであるフレームスペースが騒音予測に影響を与える,③実測船に特異なノイズがあると,計画船の予測に影響を与える,などの課題があります.

3.ニューラルネットワーク(NN)による船内騒音予測計算

 経験的手法であるJanssen 法の課題を解決するために,私達はNN による騒音予測法の開発に取り組んでいます.これは,騒音計測データを教師データとして図4 に示す多層パーセプトロンで学習し,学習後のシナプス重みを利用して騒音予測を行う手法です.NN の構造は,隠れ層を1 層とする古典的な構造です.

騒音予測NN
図4 騒音予測NN

入力データは,騒音に影響を及ぼしそうな,主機・発電機の騒音・振動データ,居室の位置,居室内の内装状態などを入力データとします.主機の振動データは,図5 のように,主機取付け位置で計測します.これら計測データがNN による騒音予測精度に影響する重要な入力データです.

主機取付け位置の振動計測
図5 主機取付け位置の振動計測

 図6 は,学習後の騒音予測結果と計測結果を比較しています.図6 の横軸は周波数であり,縦軸は騒音レベルを表します.教師データとなる各周波数の計測データがあり,この教師データに近づくように,誤差逆伝播学習法に従って学習します.

学習後騒音予測結果と計測結果
図6 学習後騒音予測結果と計測結果

 学習が進むにつれて,図6 の各周波数の白丸(実測値)に黒丸(予測値)が近づいていきます.図6 は,学習結果の重みを用いて予測した結果です.IMOの国際条約で騒音計測が義務付けられましたので,計測データ(教師データ)が整備される環境になったということが,NN による騒音予測を可能にしつつあります.
 NN による騒音予測は,「人間が船舶の大きさや搭載する主機がこうだから,これくらいの騒音レベルだろうと経験的に求めていること」と近いと思います.このような過去の情報が,造船設計者の頭の中にあって,おおよその予測をします.
 具体的には,設計する船舶と類似する過去計測した船舶(類似船)を見つけて,その学習結果をもとに,騒音予測を行うことが有効です.類似船を見つけるには,自己組織化マップ(SOM)というNNを使用しました.図7 は,SOM で船舶A と船舶B が類似船であることを確認した図です.

類似船をSOM で検索
図7 類似船をSOM で検索

 ここまで,騒音予測にAI を活用した実用例を紹介しました.経験的な予測に,NN は適しています.
 次に,造船設計について紹介します.

4.造船設計とCAD(Computer Aided Design)システム

 造船設計者(以下,「設計者」と称します)は,船舶工学の知識と経験をもとに,柔軟に処理を行います.1 隻の船舶を設計するのに,複数の部署で設計情報を共有し,順々に部署を経由しながら,情報を処理します.
 図面には,「なぜこのような寸法・形状にするのか」,「なぜここに配置するのか」などが盛り込まれており,これらの設計意図が設計者間で共有されなければなりません.すなわち,情報の共有と,ベテランの知識伝承などが求められています.

5.設計は想像力をもった創造プロセス

 設計初期段階では情報が定まっていないことが多く,曖昧な情報を対象とした柔軟な処理が必要です.これは,現状,人間だからできる処理です.
 設計者不足をAI で解決するには,このように設計者が行っている処理と同じ処理が行える,協働できる処理能力をもったAI が求められます.対話・思考できる能力が求められます.
 設計は,モノをつくる前に,設計者の頭の中にあるものを図面に表現するプロセスです.設計者は,コンピュータ(CADシステム)に向かって作業を行います.設計者とCAD システムが対話をしているようなイメージです.先ほど説明したように,①推進性能を評価して船体の形状を作成する部署,②船体構造を決定する部署,③船体構造に配管を配置する部署等々,多くの部署で多くの設計者が,それぞれの設計意図をもって設計作業を行います.部署間の対話・調整作業も必要です.
 造船設計は,大量の属性情報(形状,板厚,配置位置,材料ほか)を処理します.CAD システムが設計者の意図をくみ取り,ベテランならこう表現するだろうとか,こちらのほうが良いとか,このような知能をもったCAD システムが将来実現できると,人手不足問題や技術伝承問題も解決できると思います.
 創造は,何も知らないゼロの状態からできるものではありません.おそらく,模倣行為を繰り返しながら,自分なりに本質を理解することで,初めて新しい型を生み出せる(創造)ものなのでしょう.人間の脳にあるミラーニューロンは,模倣に関連していると考えられています.ミラーニューロンのメカニズムは,知能の発達と大きく関連していると思います.写実的な模倣ではなく,本質を抽出した模倣ができるAI 機能は,相手の意図をくみ取り,創造的な処理の実現に役立つと思います.

6.造船設計の課題とAI

 造船会社では,人手不足を補いながら,生産性を向上させることが喫緊の経営課題となっており,造船産業における共通の重要課題です.
 設計者の数は,減少しています.設計者不足を補う解決策の一つは,設計者と同程度の知能をもった汎用人工知能をCAD システムに搭載して,設計業務で協働できるパートナーに育てていくことだと考えます.そのために,汎用人工知能研究とその開発に取り組んでいく必要があると思います.