【記事更新】私のブックマーク「ウェブサイエンス(Web Science)」


私のブックマーク

ウェブサイエンス(Web Science)

岡瑞起 (筑波大学大学院システム情報工学研究科)

はじめに

ウェブサイエンスは、ワールドワイド・ウェブなどの大規模な社会技術システムに関する学際的な研究分野です。人と技術、社会と技術がどのように相互作用し、全体を構成しているのか、またその全体的性質が個々の構成要素の成立に及ぼす影響について研究します。生活や社会へのウェブの影響を理解し、モデル化し、予測するために、コンピュータサイエンスや自然科学だけでなく、社会科学(社会学、経済学、法律など)の知見を活用します。

ウェブサイエンスは、ウェブを生み出したティム・バーナーズ=リーらにより最初に提案されました(サイエンス誌の記事[1](2006年)を参照)。その冒頭の文章で、ウェブサイエンスの「サイエンス」という言葉に2つの意味を込めていると述べています。

ウェブサイエンスのテーマについて議論するとき、「サイエンス」という言葉を私たちは2つの意味で使います。 「物理・生物のサイエンス」は、自然界を解析し、マクロ世界で観察される現象を生み出すミクロな法則を見つけようとします。これとは対照的に、「コンピュータサイエンス」は、解析的である部分もありますが、新しいプログラミング言語やアルゴリズムを開発し、目的の挙動をコンピュータで作ることが主な目的です。ウェブサイエンスは、これら2つのサイエンスが持つ特徴の組み合わせです。

Creating a Science of the Web[1], Tim Berners-Lee et al. Science Vol.313, Issue 5788, pp.771, 2006

また、コンピュータ科学者ベン・シュナイダーマンは、「ウェブサイエンスは自然界を理解するように、ウェブで利用可能な情報と向き合うこと」と述べています。ウェブのように複雑で巨大なシステムは、人間のコントロールを拒絶するあたかも自然現象のようであり、これまでのサイエンスで培われてきた、解析的な手法と構成的手法の両方を用いてウェブを理解するサイエンスが、ウェブサイエンスということができます。

他にもウェブサイエンス分野を詳しく説明している論文には、下記が挙げられます。

バーナーズ=リーらによる提案から、サウサンプトン大学(イギリス)とMIT(アメリカ)によるWeb Science Research Initiative[5](現在のWeb Science Trust[6])の設立に繋がりました。特に、サウサンプトン大学では、ウェブサイエンス分野のカリキュラム[7]やMOOC講義(Web Science: How the Web Is Changing the World[8])の作成等が行われ、学ぶための教材が整備されています。

テーマ

ウェブサイエンスで扱うテーマも、必然的に学際的となります。2009年の第1回目[9]から毎年開催され、2018年で第10回目[10]の開催を迎えるACM Web Science Conference[11]でのCall for Papersで使われたテーマを参考に、主なテーマを下記に列挙します。テクノロジーと社会・経済の関係を軸に多岐にわたっていることが分かります。

  • Data science, data analytics, and the Web of data
  • Big Data and Internet of Things
  • Social machines, crowd computing, collective intelligence, collaborative production
  • Web access, literacy, divides, and development
  • Web archiving
  • Web economics, social entrepreneurship, and innovation
  • Governance, democracy, access, intellectual property
  • Health and well-being online
  • Humanities, arts, and culture on the Web
  • Knowledge, education, and scholarship on and through the Web
  • Personal data and privacy
  • Anonymity, security and trust for Web access
  • Ethics

主な国際論文誌・国際カンファレンス・国内研究会

ウェブサイエンスをテーマとした論文が投稿されている国際論文誌、国際カンファレンス、国内研究会を以下に挙げます。

代表的な国際論文誌
  • Foundations and Trends in Web Science[12]:2006年に創刊。ウェブサイエンス分野で最初の論文誌だが、100ページ前後の長いレビュー論文とチュートリアル論文のみ投稿可能。
  • The Journal of Web Science[13] : 2015年に創刊。毎年1巻ずつ刊行。ACM Web Science Conferenceで採録された論文の一部も招待論文として収録。
  • IEEE Intelligent Systems[14]:1986年に創刊。2001年に現在の名前に変更。IEEE論文誌の中で、ウェブサイエンス分野の研究者が多く投稿。
代表的な国際カンファレンス

 国内研究会・団体

関連分野(計算社会科学・社会物理学・人工生命)

 冒頭で述べた通り、ウェブは複雑系そのものです。ウェブというシステムを土台にした私たちの日常の創造やコミュニケーション、社会経済活動がウェブの構造そのものを変化させ、それがまた再帰的に人間の活動の在り方を変える「創発現象」が常に起こっている場です。そうした創発的なやりとりがデータとして蓄積されていることが、ウェブの研究を促進し新しい科学であるウェブサイエンスを成立させています。

 これまでの社会科学の分野に物理学やコンピュータサイエンスで培った方法論やアルゴリズム、計算資源とカップリングすることで、社会をよりよく理解するための新たな方法論の探索と共に、学際的なアカデミックコミュニティを形成する、それが計算社会科学です(私のブックマーク「計算社会学」[29]を参照)。

 計算社会科学を、社会科学の立場から計算科学を取り入れた分野と位置付けると、社会物理学は、物理学者の立場から社会を物理学の方法論で理解しようという、物理学者を中心とするアカデミックコミュニティと位置付けられると思います。ウェブサイエンスは計算社会科学や社会物理学と問題意識を共有する研究分野です。これら3つの分野は、どれも2000年代後半に提唱され生まれました。異なる研究分野から同じ問題意識を持った人々が、同時多発的に集まってきた新しいフロンティア(開拓地)です。それは、かつて1986年にクリス・ラングトン(Christopher Langton)によって提唱され、1987年にロス・アラモス研究所で開かれた人工生命国際会議を思い起こさせます。人工生命(ALife)の研究分野は、これによって一躍注目を集め、始まったのです。

 ALifeはその後、1980年代、1990年代の大きな盛り上がりを経て、一時下火になりつつ、近年、AIの盛り上がりと共に、最近再び注目を集めている分野です。2018年7月には、これまでヨーロッパとアメリカで隔年に開催されていた国際会議を統合し、その第一回人工生命国際会議(ALIFE 2018)[30]を東京で開催します。AIがブームの中で、改めて生命そのものを問いなおす、知能とはなにか?生命とはなにか?といった根本的な問いへの思考ツールとして、ALifeで培われてきた倫理や認識論が再び注目を集めています。特に、日本のウェブサイエンス研究においては、こうしたAIとALifeを取り入れた研究や議論を積極的に展開されています。

おわりに

ウェブサイエンスの成り立ちから、その動向と関連分野に関する情報を紹介しました。これらの情報の選択には筆者の選好が強く反映されていること、そのために網羅的ではないことをお断りしておきます。興味を持たれた方の参考になれば幸いです。

[1] http://science.sciencemag.org/content/313/5788/769
[2] http://www.nowpublishers.com/article/Details/WEB-001
[3] https://dl.acm.org/citation.cfm?id=1247022
[4] https://dl.acm.org/citation.cfm?id=1364798
[5] https://wiki.p2pfoundation.net/Web_Science_Research_Initiative
[6] http://www.webscience.org/
[7] https://www.southampton.ac.uk/wsi/education/
[8] https://www.futurelearn.com/courses/web-science
[9] http://www.websci09.org/
[10] https://websci18.webscience.org/
[11] http://www.sigweb.org/conference/11-conferences/26
[12] http://www.nowpublishers.com/WEB
[13] http://www.webscience-journal.net/webscience
[14] http://ieeexplore.ieee.org/xpl/RecentIssue.jsp?punumber=9670
[15] http://www.sigweb.org/conference/11-conferences/26
[16] http://www.sigweb.org/conference/11-conferences/23
[17] http://www.jcdl.org/
[18] https://en.wikipedia.org/wiki/International_World_Wide_Web_Conference
[19] http://www2014.wwwconference.org/program/web-science-track/
[20] http://www.www2017.com.au/call-for-papers/web-science.php
[21] https://www2018.thewebconf.org/call-for-papers/research-tracks-cfp/web-and-society/
[22] https://en.wikipedia.org/wiki/International_Joint_Conference_on_Web_Intelligence_and_Intelligent_Agent_Technology
[23] https://www.aaai.org/Library/ICWSM/icwsm-library.php
[24] http://sigwebsci.tumblr.com/
[25] http://www.sigwi2.org/
[26] https://css-japan.com/
[27] https://sites.google.com/site/sociophys/
[28] https://www.facebook.com/alifelab.org/
[29] https://www.ai-gakkai.or.jp/my-bookmark_vol30-no6/
[30] http://alife2018.alife.org/