私のブックマーク
脳MRIデータの解析と生成
髙村 真広(藤田医科大学)
1.はじめに
近年の人工知能(AI)の発展はさまざまな科学分野にインパクトを及ぼしているようであるが,脳データを解析して心理機能と脳の関係や仕組みを探る認知神経科学分野は,その前線にあるのかもしれない.振り返れば筆者が心理学系の大学院生だったゼロ年代頃には,AIで脳データを解析する研究はその存在感を増し始めていた.中でも印象に残っているのは,被験者が見ている文字や図形を脳 MRIデータから再構成してみせた研究であった.こうした AIによる MRI研究の可能性に感銘を受けた筆者は,その後,精神科の MRI研究プロジェクトに参加する機会を得,以来,精神疾患や神経疾患の MRI研究に従事してきた.
MRI(磁気共鳴画像)は核磁気共鳴現象を利用して脳の生体情報を可視化する技術,装置である.同じ装置ながら撮像パラメータを変えることで,脳の解剖学的構造,白質路の異常,神経突起密度,代謝産物濃度,そして機能的活動といった多彩な側面を見ることができる.このように MRIから得られる脳画像情報の山の中から,うつ病を客観診断できるマーカーや,認知症リスクを早期検出できるマーカーを共同研究者達とAIで探索してきた.本稿では,こうした取組みを支える脳 MRIデータ解析の各種リソースと,個人的に関心のあるトピックとして画像生成AIによる脳 MRIデータ生成の話題を紹介する.
2.脳 MRIデータ解析のリソース
2・1 文献,チュートリアル
筆者が MRIデータ解析を開始した当初は,実践的,体系的な情報源はまだ少なく,ラボの先輩や先輩が残したメモを頼りつつ解析していた.現在では充実した書籍やオンラインリソースが存在する.本稿では国内情報すら網羅できているとは言いがたいが,紹介した Webサイトには充実したリンク集も存在するので,ぜひ参考にしていただきたい.
fMRI全般を体系的に学べる教科書(原著と邦訳書)
- Huettel, S. A., Song, A. W. and McCarthy, G.: Functional Magnetic Resonance Imaging(3rd Ed.), Sinauer(2014)
- 福山秀直監訳:fMRI原理と実践,メディカルサイエンスインターナショナル(2016)
fMRIデータ解析全般
各解析ツール,画像モダリティに特化した解説書
Voxel Based Morphometryによる脳形態解析
- 青木茂樹,笠井清登監修,根本清貴:すぐできる VBM:精神・神経疾患の脳画像解析 SPM12対応,学研メディカル秀潤社(2014)
- 椎野顯彦:人工知能を活用した脳 MRI画像解析の理論と実践,IDP出版(2019)
fMRI,機能的結合解析
解説記事
- 宮内哲:脳を測る─改訂人の脳機能の非侵襲的測定─,心理学評論,Vol. 56, No. 3, pp.414-454(2013)
- 阿部修士:ヒト脳機能研究における fMRIの役割,バイオメカニズム学会誌,Vol. 45, No. 1, pp.21-29(2021)
- 松井鉄平,地村弘二,李鋭祥:公開データベースを利用したヒト安静時脳活動研究,統計数理,Vol. 71, No.1, pp.81-95(2023)
- 川口淳:脳 MRIデータの統計解析,計量生物学,Vol. 33, No. 2, pp.145-174(2013)
MRI解析チュートリアル
- 生理学研究所による生理科学実験技術トレーニングコース・脳機能画像解析入門(2000年から開催,基本的に対面形式).
- 先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)によるABiS脳画像解析チュートリアル(2016年から開催,対面とオンラインを併用).
- 国際脳ヒト脳 MRIプロジェクトによって過去に実施されたチュートリアルの一部の動画資料が YouTube上に公開されている.
Webサイト,blogなど
- K-lab
- 認知神経科学小川研究室(北海道大学文学部/大学院文学研究院)
- Tools for MRI Research
2・2 データ解析環境,主要なデータセットの情報
近年の脳画像データ解析の特徴として,解析のパイプライン化,オープンデータの充実や大規模化といったことがあげられる.これらは研究の再現性,頑健性,透明性に関わるオープンサイエンス推進の流れとして理解できる.以下,解析環境,データセット,解析動向についていくつかのトピックを列挙する.
§1 データ解析環境
従来,解析環境やデータのモダリティに応じて SPM ,FSL,AFNI,FreeSurferといった代表的なソフトウェアパッケージで完結する処理を行うことが多かったが,ノイズ除去やひずみ補正,空間標準化などの手法の発展に伴い,最適な処理を行うためにさまざまなソフトウェアの処理を組み合わせたパイプラインを用いることが標準的になった.
例えば,機能的 MRIの解析パイプラインには fMRIPrep,HCPパイプライン,C-PAC,CONNといったものがある.基本的に重い計算処理となるため,サーバなどでの並列計算に対応するよう設計されている.留意点として,それぞれの解析パイプラインには指定のデータ構造(BIDS形式)があったり,指定のデータ撮像方法(HCP形式)があったりといった仕様があるほか,解析パイプライン間で解析結果が有意に変動することも報告されている.そのため,パイプラインとデータの適合性や,また,前処理済みの状態で提供された複数データセットを統合して解析に用いる場合,異なるパイプラインが用いられていないかといった点にも注意が必要である.
§2 主要なデータセット,リポジトリ
さまざまな研究用途に適したデータセットが公開され,日々追加されている.Scientific Dataのようなデータジャーナルに掲載される論文のほか,一般的なジャーナルの MRI研究でもデータ公開が義務付けられることが標準になりつつある.OpenNeuroリポジトリで公開されることも多い.なお,下記リストのデータにはオープンデータと利用申請が必要なものが混在する.いずれにせよ各データセットの規約を確認,遵守して使用することが必要である.
- Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)
アルツハイマー病領域で広く利用される縦断・多施設データ(MRI/PETなど)を提供する. - Human Connectome Project(HCP)
HCP-Young Adultデータは N =1200の高品質なマルチモーダル MRIデータセット.3T-MRIで取得されたタスクや安静時の機能画像,構造画像,拡散強調画像データが基本だが,7T-MRIデータや脳磁図データといった追加データや,Test-Retest撮像を行ったサブセットも含まれる. - Brain Tumor Segmentation(BraTS)Challenge
脳腫瘍の MRI画像セグメンテーション(領域分割)に特化した大規模データセット.専門医によるアノテーションがなされている. - UK Biobank
脳を含む多臓器画像と生活習慣,遺伝情報などのマルチモーダルデータを収集した大規模研究. - Decoded Neurofeedback(DecNef)Project Brain Data Repository
複数の精神疾患を対象に日本国内の複数施設で撮像された多施設多疾患データセット(SRPBS Multidisorder MRI Dataset)や,施設間でのデータハーモナイゼーションのために同一個人が複数施設で複数回撮像を行った旅行被験者のデータセット(SRPBS Traveling Subject MRI Dataset)などが公開されている.
§3 MRIデータベースのサーベイ論文
- Dishner, K. A., et al.: A survey of publicly available MRI datasets for potential use in artificial intelligence research, J. of Magnetic Resonance Imaging,Vol. 59, No. 2, pp.450-480(2024)
AI研究に活用可能な公開 MRIデータ. - Tanaka, S. C., et al.: The status of MRI databases across the world focused on psychiatric and neurological disorders, Psychiatry and Clinical Neurosciences,Vol. 78, No. 10, pp.563-579(2024)
精神・神経疾患 MRIデータベースの現状.
§4 大規模データ解析に関連するトピック
全脳解析の再現性とサンプルサイズ
個人の何らかの表現型(疾患,認知機能など)と関連する脳画像特徴を全脳レベルで探索するタイプの解析は Brain-Wide Association Studies(BWAS)と呼ばれる.
BWAS解析を小標本で行うと効果量のインフレが起こり再現性が非常に悪くなり,ロバストな結果を得るためには数千人規模のデータを要することが大規模 fMRIデータセットを活用した研究で示された.
また,全脳の fMRIデータ特徴から表現型を予測するモデルを作成する場合,サンプルサイズと一人当たりの撮像時間を掛け合わせたトータル撮像時間が長いほど予測性能が良好になり,両者のバランスを最適化することで費用対効果の改善を図ることができることなどが示された(結果に基づく最適化ツール).
複数施設データのハーモナイゼーション
脳画像データから疾患分類を行うバイオマーカーを作成する類の研究では,十分なサンプルサイズ確保や汎化性能向上のために複数施設のデータを統合するアプローチがあるが,施設の違いに由来するデータのばらつきを削減し,調和させることが重要な課題となる.
Precision Neuroscience
データセットの大規模化が進む一方で,サンプルサイズではなく,一人当たりの測定回数を増やすことを重視する方向性があり,Precision Neuroscienceと呼ばれる.同一個人の脳を高密度にサンプリングすることで,集団平均化したデータでは捉えられない個人の脳動態を理解しようとする.高頻度・高密度のサンプリングによって,個人の特性と状態変化を切り分けたり,神経可塑性や疾患進行といった状態遷移を感度良くモニタできる可能性が示唆され,臨床応用の面でも期待がもたれている.
- Poldrack, R. A.: Precision neuroscience: Dense sampling of individual brains, Neuron, Vol. 95, No. 4, 727729(2017)
- Poldrack, R., et al.: Long-term neural and physiological phenotyping of a single human, Nature Communications, Vol. 6,8885(2015)
MyConnectome dataset - Gordon, E. M., et al.: Precision functional mapping of individual human brains, Neuron, Vol. 95, No. 4, 791807(2017)
The Midnight Scan Club(MSC)dataset
3.脳 MRIデータを生成する AI
3・1 画像生成 AIの出現
2026年1月現在,代表的なチャット AIサービスには高性能な画像生成 AIが組み込まれており,自然言語のプロンプトを入力するだけで高品質な写真やイラストを生成できることが当たり前の光景となっている.画像生成 AIブームのきっかけは 2022年のオープンソースモデル Stable Diffusionの公開と言われ,以後,さまざまなオープンソースツールや,オンライン上での画像生成サービスも開始され,今日も活発な技術開発が続いている.こうした画像生成技術は,高品質かつ多様な画像を生成する能力に長けたノイズ除去拡散確率モデル(DDPM),その学習を潜在次元で効率的に行う潜在拡散モデル(LDM),プロンプトで生成画像内容を制御するための,テキストと画像の関連を学習した基盤モデル CLIPといった技術などによって支えられている.また,生成画像を別の入力画像(線画,スケッチ,人物のポーズなど)に合うように精密に制御する ControlNetした拡散モデルに基づく画像生成 AI技術の基礎については下記書籍が参考になる.いずれも画像生成モデルの理論と実装の理解に役立つが,特にhttps://book.impress.co.jp/books/1123101104では倫理の側面もカバーされている.
- 菊田遥平:原論文から解き明かす生成AI,技術評論社(2025)
サポートページ - 北田俊輔:Pythonで学ぶ画像生成 機械学習実践シリーズ,インプレス(2025)
サポートページ - 斎藤康毅:ゼロから作る Deep Learning5─生成モデル編,オライリー・ジャパン(2024)
サポートページ
3・2 脳MRI データへの画像生成AI 技術の応用
MRIなどの医用画像を AIで生成する試みは,拡散モデルベースのモデル登場以前から,敵対的生成ネットワーク(GAN)などの生成モデルを用いて行われてきた(レビュー).学習の安定性や生成品質に長所のある拡散モデルが MRI画像生成に適用されるようになり,さまざまな用途でその性能の高さを実証しつつある.
計算神経画像研究への拡散モデルの適用(サーベイ論文)
潜在拡散モデルと大規模データセットを用いた脳画像生成と特徴制御
潜在拡散モデルによる脳画像データ生成を報告した最初期の研究.UK Biobankデータセットの31740例の MRIデータを用いて脳画像を生成する潜在拡散モデルを学習し,高品質な脳画像を生成することに成功.また,年齢,性別,脳室や全脳体積といったパラメータによる条件付け脳画像を生成でき,特定の年齢群や脳体積といった特徴をもつバーチャル MRIデータが作成できる可能性が示された.
条件付き潜在拡散モデルを用いた反実仮想画像生成による疾患効果の解釈
アルツハイマー病患者と健常者の脳画像を生成する条件付き潜在拡散モデルを学習したあと,患者画像の潜在表現から健常画像を生成し,実画像(AD)と反実仮想画像(HC化)の差分を取ることで,個人レベルでの疾患効果マップを作成した.この疾患効果マップが画像診断の根拠の解釈性に貢献する可能性が示された.
空間的に精密に条件付けた脳画像生成
病変部位をボクセルレベルで条件付けした脳画像データを生成するセマンティック条件付けモデル Med-DDPMを提案.脳実質領域や腫瘍領域を指定するマスク画像による条件付け生成が可能であり,指定した種類と領域の腫瘍病変がある脳画像を生成することができた(プロジェクトページ).
個人の脳形態の再現と疾患知識による変化予測
ある個人の脳が疾患で将来どのように変化するか予測した脳画像を生成するモデル BrLP(Brain Latent Progression)を提案.3D-MRIを効率的に生成する潜在拡散モデル,生成画像を個人の脳形態で条件付ける ControlNet,疾患研究の知見に基づく局所体積変化の Auxiliary Model,生成の品質を上げる Latent Average Stabilizationという要素を導入した(プロジェクトページ).
4.おわりに:脳画像生成モデルから脳モデルへ?
OpenAI社の動画生成モデル Soraが発表された際,Soraで生成される動画の品質が高いことから,このモデルがあたかも物理法則を理解しているようであり「世界モデル」が獲得されているのではないか,という議論があった.検証の結果,現在の動画生成モデルにはそうした能力は備わっていないとのことだが,この図式自体は魅力的である. Precision Neurosicense流に時間的・空間的に高密度にサンプリングされた脳画像データでモデルの学習を行うことで,疾患や介入で生じる個人脳の変化ダイナミクスをさまざまなタイムスケールで観測できるような脳モデルができたら非常に有用ではないだろうか.脳画像・神経科学研究と画像生成 AI技術の相互発展に期待したい.
謝 辞
本稿執筆の機会をくださった編集委員会メンバの方々に感謝いたします.山本哲也先生には執筆過程でも温かいサポートをいただき,特に深く感謝いたします.