Vol.30.No.6(2015/11)計算社会科学 (Computational Social Science)


私のブックマーク

計算社会科学 (Computational Social Science)

笹原 和俊 (名古屋大学 大学院情報科学研究科)

はじめに

Webのソーシャル化が進行している現在,オンライン上での人々の自発的な情報行動やコミュニケーションの詳細はデジタルに記録・蓄積されるようになった.このような大規模ソーシャルデータを情報技術によって取得・処理し,分析・モデル化して,オフライン (実世界) の人間行動や社会現象を定量的に理解しようとする「計算社会科学」 (Computational Social Science) という新しい学際領域が誕生し,今注目を集めている.本ブックマークでは,計算社会科学の動向と有用な情報を紹介する.

計算社会科学の動向

Computational Social Scienceという言葉自体はこれまでも様々な文脈で使われてきたが,上記の意味で用いられ始めたのはD. Lazer et al. (2009) からだろう.当時は,電子メールやblog,携帯電話のログやバイオセンサによる身体情報などの大規模な行動データの取得と分析が可能になり,それを元にした定量的な社会科学をやろうという機運が高まった時期であった.その後,ソーシャルメディア全盛の時代となり,社会的相互作用に関するさらに詳細で高密度なデータが利用可能になった.こうした大規模ソーシャルデータの登場と,それを扱うための情報技術や数理的枠組みの発展が,計算社会科学という学際領域の誕生を後押しした.

国際会議ICCSSの招待講演において社会学者のMacyは,計算社会科学を“Computer enabled studies of human behavior and social interactions.”と広義に定義し,次の3つの方法論が重要であると述べている.その3つとはすなわち,(1) 計算モデルとシミュレーション,(2) オンライン相互作用のデジタルトレース (ビッグデータ,ソーシャルデータ),(3) バーチャルラボ (ウェブを使った大規模行動実験) である.以下では,計算社会科学においてとりわけ重要な(2)と(3)にフォーカスする.

国際会議

計算社会科学および関連分野の国際会議には以下のようなものがある.他分野の国際会議でもソーシャルデータを使った研究は発表されるが,問題意識や目標が計算社会科学とは必ずしも同じではない.

ICCSS [1]
計算社会科学の国際会議.第1回は2015年6月にフィンランドで開催され,Macy, Watts, Plentland, Adamicなど計算社会科学の代表的な研究者が招待講演を行った.これらはすべてYouTube [2]で公開されている.
Socinfo [3]
社会情報学に関する国際会議.ウェブやソーシャルメディアの分析やモデルに関する話題も多い.
WWW [4]
ウェブに関する国際会議.ウェブの技術に関する話題が中心だが,集合知,ソーシャルネットワーク分析,ウェブマイニングなどの話題も扱われる.
ICWSM [5]
ソーシャルメディアに関する国際会議.blogやソーシャルメディアに関する分析技術からユーザ行動に関する社会学や社会心理学の話題まで扱う.
WebSci [6]
ウェブサイエンスの国際会議.カバーする話題はWWWやICWSMとほぼ同様だが,技術的な発表は比較的少ない.

論文・関連図書

計算社会科学に関する代表的な論文と関連図書をいくつかあげる.洋書で邦訳があるものはそちらを記載する.Nature,Science,PNAS,PLoS ONE,Scientific Reports,EPJ Data Scienceなどの論文誌には計算社会科学に関係する論文がよく掲載される.より技術的な話題に関しては,上記国際会議の論文のほうが速報性がある.

D. Lazer et al. Computational Social Science [7]. Science (2009)
ビッグデータが可能にする新しい社会科学について議論した論文.
D. J. Watts. Computational Social Science: Exciting Progress and Future Directions [8]. The Bridge (2013)
社会科学をハードサイエンスにするのだというWattsの意気込みが感じられる.ビッグデータが登場して研究や論文は増えたが,ビッグクエスチョンがないとの批判も書かれている.
S. A. Golder and M. W. Macy. Digital Footprints: Opportunities and Challenges for Online Social Research [9]. Annual Review of Sociology (2014)
オンラインを使った社会学研究の現状と今後の展望が述べられている.文献が体系立てて整理されていて,計算社会科学の総説の中では一番よくまとまっている.
R. A. Bentley, M. J. O’Brien and W. A. Brock. Mapping Collective Behavior in the Big-Data Era [10]. Brain and Behavioral Science (2014)

ビッグデータを用いた行動学的研究に関する総説.
B. Gonçalves and N. Perra. Social Phenomena: From Data Analysis to Models [11]. Springer (2015)
新進気鋭の計算社会科学者2名が編纂したソーシャルデータを使った社会現象の分析やモデル化に関する本.
D. J. Watts. 偶然の科学 [12]. 早川書房 (2012)
ネットという人間行動を観察する望遠鏡を手に入れた今,社会科学はハードサイエンスになることができるとWattsは主張する.
A. S. Pentland. 正直シグナル 非言語コミュニケーションの科学 [13]. みずず書房 (2013)
ソシオメータを使って無意識的な行動を計測する研究など,Pentlandのグループの研究が紹介されている.

N. Eagle, K. Green. みんなのビッグデータ リアリティ・マイニングから見える世界 [14]. NTT出版 (2015)
ビッグデータの研究事例を個人,組織,都市,国家,世界のスケールごとに解説している.
N. A. Christakis and J. H. Fowler. つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 [15]. 講談社 (2010)
Christakisらの研究はビッグデータを使ったものだけではないが,個人の行動がいかに社会的ネットワークに影響を受けるかということを様々な事例を通じて検証している.
矢野和男. データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 [16]. 草思社 (2014)
ウェアラブルセンサによる身体計測のビッグデータによって,人間,組織,社会の規則性を実証した矢野氏の先駆的研究が紹介されている.

研究室・研究者

計算社会科学に関係する代表的な研究室や研究者をあげる.

Social Dynamics Laboratory [17] (Cornel University)
Michael Macyの研究室.Macyはソーシャルデータ分析だけでなく,エージェントモデルを駆使した研究を行う異色の社会学者.Twitterを使った気分に関する研究 [18]は話題になった.
Human Dynamics Laboratory [19] (MIT)
Alex Sandy Pentlandの研究室.ソシオメータをはじめとして,センサやセンサネットワークを使って表情や話し方,体の動きなどの非言語的信号の計測を応用した組織研究で有名.
Computational Social Science [20] (ETH Zurich)
Dirk Helbingの研究室.Helbingの研究は歩行者群や交通流のモデル,社会シミュレーションやビッグデータ分析など多岐にわたる.FuturICT [21]などのビッグプロジェクトでも知られる.
Barabasi Lab [22] (Northeastern University)
Albert-László Barabásiの研究室.言わずと知れた複雑ネットワークの権威.ネットワーク科学の手法を用いた人間行動や社会現象の研究も多数ある.
MOBS LAB [23] (Northeastern University)
Alessandro Vespignaniの研究室.複雑ネットワーク上での拡散現象やインターネットの構造の研究で知られる.また,GonçalvesやPerraと共著でTwitterを使ったダンバー数の検証 [24]などユニークな論文も多数発表している.
Center for Complex Networks and Systems Research [25] (Indiana University, Bloomington)
ミーム拡散の研究 [26]で知られるFilippo MenczerやTwitterの感情分析で株価予測 [27]を行って注目されたJohan Bollenらがいる.
Center for Computational Social Science [28](Stanford University)
スタンフォード大学の計算社会科学の研究所.新進気鋭のネットワーク研究者Jure Leskovec [29]もメンバの1人.
Duncan Watts [30] (Microsoft Research)
スモールワールドネットワークの研究はあまりにも有名.近年は,理論的研究だけでなく,バーチャルラボの手法で計算社会科学の研究を精力的に進めている.
Lada Adamic [31] (Facebook)
ミシガン大学から異動し,現在はFacebookのデータサイエンティスト.Facebookにおける政治的ニュースに対するユーザの選択接触の研究 [32]は興味深い.

おわりに

計算社会科学の動向と関連する情報を紹介した.これらの情報の選択には偏りがあること,網羅的ではないことをお断りしておく.興味を持たれた方の参考になれば幸いである.

著者はICCSSに参加した際,異分野の研究者たちが計算社会科学という同じ土俵で熱く議論を交わしている様子を目の当たりにした.今後もこの多様性と熱気を保ちつつ,学問として成長していけるか否かは,計算社会科学が人間行動と社会現象の理解に新しい洞察をもたらすことができるかどうかにかかっている.理論を志向せず,記述的研究のみを量産し続けるような状態が続けば,一過性のムーブメントで終わってしまうだろう.最後にWattsの言葉を借りて締めくくりたい.

「社会科学はいまだに自分たちのケプラーを見いだしていない.しかし,アレグザンダー・ポープが人間の適切な研究課題は天上ではなくわれわれの中にあると説いてから三〇〇年後,われわれはようやく自分たちの望遠鏡を手に入れたのである.さあ,革命をはじめるとしよう…」(D. J. Watts.「偶然の科学」)

[1] http://iccss2015.eu/
[2] https://www.youtube.com/channel/UCUGsbLwL4G2CQQfk95oZjVw
[3] http://socinfo2015.csp.escience.cn/dct/page/1
[4] http://www.www2015.it/
[5] http://www.icwsm.org/2016/
[6] http://websci15.org/
[7] http://www.sciencemag.org/content/323/5915/721
[8] https://www.nae.edu/Publications/Bridge/106112/106118.aspx
[9] http://www.annualreviews.org/doi/abs/10.1146/annurev-soc-071913-043145
[10] http://journals.cambridge.org/action/displayAbstract?fromPage=online&aid=9181554&fulltextType=RA&fileId=S0140525X13000289
[11] http://www.springer.com/us/book/9783319140100
[12] http://www.hayakawa-online.co.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=000000007350&search=%B6%F6%C1%B3%A4%CE%B2%CA%B3%D8&sort=
[13] http://www.msz.co.jp/book/detail/07736.html
[14] http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002331
[15] http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062147705
[16] http://www.soshisha.com/book_wadai/books/2068.html
[17] http://sdl.soc.cornell.edu/
[18] http://www.sciencemag.org/content/333/6051/1878.abstract?sid=5d551e56-867b-4ecc-85ab-125291ebb6f2
[19] http://hd.media.mit.edu/
[20] http://www.coss.ethz.ch/
[21] http://web.archive.org/web/20150418162758/http://www.futurict.eu/
[22] http://www.barabasilab.com/
[23] http://www.mobs-lab.org/
[24] http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0022656
[25] http://cnets.indiana.edu/
[26] http://www.nature.com/articles/srep00335
[27] http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S187775031100007X
[28] https://css-center.stanford.edu/
[29] http://cs.stanford.edu/people/jure/
[30] http://research.microsoft.com/en-us/people/duncan/
[31] http://www.ladamic.com/
[32] http://www.sciencemag.org/content/348/6239/1130