Vol.27 No.1 (2012/01) 生体情報とHCI


私のブックマーク

生体情報とHCI

棟方渚
北海道大学大学院 情報科学研究科[1]

1. はじめに

Human Computer Interaction(:HCI)に関する研究は,人間のタスク支援を目的とした人工物について,そのインタフェースやデザインだけではなく,学習方法や環境,人間の特性に関連する多岐にわたる分野の境界領域にあります.この分野の詳しい説明については,本誌企画の私のブックマーク「人間と人工物のインタラクション」 [2]をご参照頂ければと思います.今回のブックマークでは,工学,理学,社会学,心理学,認知科学,デザイン学など,様々な分野にまたがるHCI研究の中でも,人間の生体情報を扱う研究範囲についてご紹介していきたいと思います.実際に私が参考にしているブックマークを中心にご紹介しますので,範囲に偏りや不足がある可能性があります.その点につきましては,ご了承いただければと思います.

2. 背景

近年,科学技術の高度な発展により高品質で高い機能をもつ多種多様な人工物が開発され,我々の生活に量的,質的に飛躍的な向上をもたらしました.しかし,高品質で高機能な人工物は,我々にとってかならずしも最適なものとはならず,人間の特性と人工物の性能特性との間にさまざまなギャップを生じさせています.HCI研究が,工業や産業だけではなく教育や福祉,家庭といった,より人間とのかかわりの強いフィールドへ導入されていることを考えると,人間の特性を理解することは非常に重要な課題であるといえます.この人間の視点に立った設計の考え方は国際的な流れとして1999年に国際標準化機構(ISO) [3]で規格化され,2010年の見直しで現在はISO 9241-210:2010 Human-centred design for interactive systems[4]でISO 9241シリーズとして統合されています.

人間の行動特性には,形態学的・運動学的特性だけではなく,心理的・生理的機能からなる感覚特性があります.特に感覚特性は人間中心設計を考える上で重要な役割を果たしており,それは主に生体情報によって理解・解釈されています.例えば,人工物を扱っている人間の行動や印象を評価するために,その人工物が安全であるかどうか,快適に扱えるものであるかどうかなどの指標として生体情報を用います.また,人間の感覚特性は,その特性の個人差を利用したバイオメトリクス認証(生体認証)などセキュリティの分野で注目されており,認証キーの管理のしやすさ,信頼性や認識率の高さなどから,一般に受けいられています.活動としては平成18年に,バイオメトリクス セキュリティ コンソーシアム(略称:BSC)が発足され,現在は社団法人日本自動認識システム協会 [5]としてバイオメトリクスの技術開発・普及を行っています.一方,生体情報の利用方法として,人工物制御の入出力として用いているものも少なくありません.義手義足の制御からリハビリテーション補助,人間が頭の中で考えただけでロボットを操作するといった,かつてのサイバーパンクSF漫画 [6]ロボットアニメ [7]のようなシステムを実現する技術研究も行われています.このように生体情報はHCI研究と密接な関係をもっています.現在は,玩具やホームヘルスケアなどにも利用され,ますます活躍の場を広げていくことが予想されています.

次章では,HCI研究における生体情報の利用について基礎から応用までご紹介します.         

3. 学会関連

3-1.基礎編
生体情報は人間の心身状態の指標として,病態の診断や治療を行うために用いられてきました.それらの測定装置は特に医療(Medical Engineering:ME)機器として発展し,現在でも常に改良がすすめられています.ME機器に関する学会では日本医療機器学会 [8]日本生体医工学会 [9]IEEE Engineering in Medicine and Biology Society (EMBS) [10]が挙げられます.また,ME機器は国内外様々な企業で開発されていますが,研究機関で使用するポリグラフなどでは,日本光電工業株式会社 [11]フクダ電子株式会社 [12]BIOPAC Systems [13]製のものがシェアが高く,一般的に用いられています(著者も利用しています).このようなME機器を用いて,人間の行動の心理的機能や生理的機能,その対応関係を明らかにするなど生体情報の基礎的な研究を扱う主な学会は,日本生理学会 [14]日本心理学会 [15]日本心理臨床学会 [16]日本基礎心理学会 [17]日本生理心理学会 [18]などが挙げられます.

また,生体情報は主に疲労やストレスなど人間の安全性・最適化・快適性の評価指標として幅広く用いられてきました.ISO 9241-11:1998 Guidance on usability [19]は,ユーザビリティの定義を行い,評価において考慮しなければならない情報を,どのように認識するのかを説明している国際規格です.そのユーザビリティを核とした人間中心設計(Human Centered Design:HCD)について,日本では人間中心設計推進機構 [20]が啓発活動や講習会・イベントの開催など,産学の枠を超えて活動しています.関連する学会は,日本人間工学会 [21]日本デザイン学会 [22]日本感性工学会 [23]認知科学会 [24]ヒューマンインタフェース学会 [25]などが挙げられます.

3-2.応用編
人工物制御の入出力値として生体信号を用いる試みは,Norbert Wiener氏が1948年に初めて発表したサイバネティックス理論(生物や機械などの系における制御と通信の問題を取り扱う総合的な学問分野)から発展してきました.日本ではMEとバイオサイバネティックス研究会 [26]があり,この研究会は以下のいくつかの研究会やグループとの共催で行われています(<a href="http://www.ieice.org/jpn/index.html"電子情報通信学会 [27],日本生体医工学会 [28]IEEE Japan Chapter of Engineering in Medicine and Biology (EMB-18) [29]IEEE West Japan Chapter of Engineering in Medicine and Biology [30]電気学会 [31]).また,関連する学会としてバイオメカニズム学会 [32]IEEE International Conference on Complex Medical Engineering (CME 2011) [33]が挙げられます.このサイバネティックスの概念から実用化されているサイボーグ技術では,失われた四肢や臓器・感覚器の機能を代替したり回復させたりするために用いられています.このような機器は非侵襲型と侵襲型に分かれ,人体の外部に取り付けるものと,内部に埋め込むものとがあり,どちらも実用化されています.イギリスの理論物理学者であるStephen W. Hawking氏 [34]の電動車椅子はご存知でしょうか.Hawking氏は筋萎縮性側索硬化症を発症しており電動車椅子無しでは移動することも話すこともできません.「車椅子の物理学者」とも呼ばれています.Hawking氏の車椅子にはコンピュータが搭載されており,意思伝達装置を用いてコンピュータを操作しています.車椅子の制御やスピーチシンセサイザーを用いて話すこともでき,メールを書いたり電話やFAXを使うこともできます.この電動車椅子はイギリスのPossum Ltd [35]で研究・開発されています.また,筋電位や神経電位を測定し,身体に装着した補助装置を制御するパワードスーツは医療機器や介護,リハビリテーションなどに利用されています.皮膚表面の生体電位信号を読み取り動作するロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb) [36]は筑波大学教授である山海嘉之氏 [37]がCEOを務めるCYBERDYNE株式会社 [38]で研究・開発されています.HAL(Hybrid Assistive Limb) [36]は,福祉・介護施設の方を中心とした「HAL福祉用」のレンタル・リース販売をはじめており,少子高齢化が懸念されている日本では,今後ますます発展する分野の一つとして期待されています.関連する学会は日本ロボット学会 [39]計測自動制御学会 [40]日本機械学会 [41]などが挙げられます.

このようなマンマシンインタフェースの研究の中でも,筋肉や身体の動きに頼らずに脳波信号のみで機械との入出力を行うためのプログラムや機器をブレインマシンインタフェース(Brain-machine Interface:BMI)と呼びます.この分野は,生体情報の有効的な活用方法の一つとして最も注目されている分野であるといえます.2009年3月には,株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン [42]国際電気通信基礎技術研究所 [43]株式会社島津製作所 [44]らは,人間が考えるだけでロボットを制御するといったBMI技術を開発しました.実験では,被験者がいくつかの選択肢をイメージするだけで,ASIMOの手や足を動作させることができ,その正答率は90%以上に達しています.2009年6月には,独立行政法人 理化学研究所 [45]トヨタ自動車株式会社 [46]株式会社豊田中央研究所 [47]株式会社コンポン研究所 [48]らは,5つの電極のみで測定した脳波から電動車椅子をリアルタイムに制御することに成功しています.2010年3月には,独立行政法人 産業技術総合研究所 [49]は,運動障害者の自立支援や教育分野などでの利用を目指し,脳波を読み取って意思伝達を行う「ニューロコミュニケーター」を開発しました.コイン電池で長時間駆動するモバイル脳波計を用い,独自の脳内意思アルゴリズムを用いており,90%以上の予測精度を実現しています.2010年10月には,情報通信研究機構 [50]国際電気通信基礎技術研究所 [43]との脳活動計測で,指先の素早い運動をコンピュータ上にリアルタイムに再現する技術開発に成功しています.このように産学問わず様々な機関で,BMI技術の研究・開発がすすめられ実用化されています.これらの研究成果は日本神経回路学会 [51]神経科学会 [52]神経学会 [53]電子情報通信学会 [54]ニューロコンピューティング(NC)研究会 [55]脳を活かす研究会 [56]脳情報通信研究会:IEEE Computational Intelligence Society Japan Chapter [57]の他,従来のインタラクション系の研究を扱う国際会議やジャーナルにて行われています.

3-3.番外編
HCI研究での生体情報は,特に医療,福祉分野での応用が顕著に目立っていますが,その応用分野は一種のバイオフィードバック技術として芸術やエンタテインメント分野にも広がってきています.一般的にバイオフィードバックとは,「興味のある生体情報を何らかの方法によって客観的な情報として測定し,その測定された情報を意味ある情報として呈示する」という,二つの要素から構成されます.このバイオフィードバックという考え方は,前述のサイバネティックス,生理心理学,ストレスの行動療法といった様々な分野から同時多発的に発生したといわれており,そのルーツは定かではありません.もともとバイオフィードバックは,リラックスした状態を学習することによって様々な症状を緩和する医療目的で用いられているため,主にストレス緩和目的のビデオゲームに応用され販売されています.その中でももっとも有名なのが,ビデオゲームシリーズThe Journey to Wild Divine: The Passage(Wild Divine, Inc.) [58]です.また,最近ではAlive(SomaticVision, Inc.) [59]などが開発・販売されバイオフィードバックゲームとして新しいゲーム分野が築かれつつあります.これらのゲームでは,精神統一や瞑想などを行う場面がゲームに設定されており,プレイヤがリラックスできるとキャラクタや物などの対象をうまく操作することができるといった良いゲームイベントを発生させる仕組みになっています.また日本においても,バイオフィードバック技術を利用したビデオゲームがいくつか開発されています.例えば,1998年にコンシューマ用(一般発売用)ビデオゲームとして発売されたパズルゲーム「テトリス64」やアーケード用(業務用)ビデオゲームとして,同じく1998年に発売された恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル~おしえてYour Heart~」 [60]が挙げられます.スウェーデンの国立研究機関であるThe Interactive Institute [61]のBrainBall(1999)は,リラックスしているプレイヤがテーブル上に置かれたボールを動かすことができる対戦型のゲームを開発しました.プレイヤは脳波測定用のヘッドセットを装着し,テーブル上のディスプレイから自分や対戦相手の脳波の状態を確認することができます.現在はMindball Gameとして,Interactive Productline IP AB [62]から購入することができます.

一部のバイオフィードバック技術は玩具にも応用されており,1969年に任天堂株式会社 [63]から発売された玩具「ラブテスター」が,2010年に株式会社テンヨー [64]から復刻版として発売 [65]されました.これは2名で楽しむ玩具で,両者の手掌の発汗量を測定して「恋人同士の愛情の深さ」として提示しています.そして最近では,NeuroSky, Inc. [66]Emotiv Systems, Inc. [67]などの医療用の脳波機器ではない安価で簡単に装着できる脳波測定用ヘッドセットが普及したことで,脳波は玩具にも利用されるようになりました.例えば,「集中力でボールを浮かせ!」といったキャッチコピーで株式会社セガトイズ [68]から発売されているマインドフレックス [69]は,ヘッドセットを装着し,プレイヤの集中の度合いでファンを回転させボールをコントロールすることができるといわれています.また,Uncle Milton, Inc. [70]のスターウォーズサイエンスシリーズの製品ラインの一つとしてThe Force Trainer [71]が発売されています.この玩具では,ヨーダ(スターウォーズのキャラクタ)からのアドバイスを受けながら,プレイヤがパダワン(スターウォーズの階級:修行中)からジェダイ・マスター(スターウォーズの階級:弟子を持つことを許される)になるまでの訓練を行うストーリーになっています.この他にもセルフコントロールのエンタテインメント性を利用したビデオゲームや玩具はいくつか販売されています.また,生体情報はファッションにも応用されています.脳波や生体情報センサーを使用したファッションアイテムを開発するプロジェクトneurowear [72]では,neuro communication machine:necomimiを発表し話題をよんでいます.このようにさまざまな分野で応用されている生体情報ですが,一部のゲームや玩具については科学者や研究者からの批判があり、玩具が実際に所望する生体情報(脳波など)を測定しているのかどうか,正しく測定・反映せずにランダムに操作させているのではないかとも指摘されています.このような様々な応用分野を持つバイオフィードバック技術に関して,安全な利用法や統一的な基準を設けるために,The Biofeedback Certification for Applied Psychophysiology and Biofeedback [73]日本バイオフィードバック学会 [74]といった組織によって,各団体が認証した臨床訓練や教育が行われており,また年次総会やワークショップなども開催されています.今後は玩具やゲームにおいても,このようなルールが国際的に規格化されるかもしれません.

4. おわりに

今回の企画では,実際に私が参考にしているブックマークを中心にご紹介しました.「生体情報とHCI」は,工学,理学,社会学,心理学,認知科学,デザイン学など,様々な分野にまたがる境界領域にあるため,特定の研究室などをピックアップすることが難しく,広く(?)浅いご紹介となってしまいました.また,生体情報の測定には,測定後のデータの解析や解釈がメインの研究と思われがちですが,その信頼性や安定性を裏付ける測定装置や周辺機器(電極やペースト,使用するケーブルに至るまで)も重要な研究課題の一つとなっています.実際に,BMI研究で最先端の技術を有する日本では,臨床研究が本格化しており,近い将来一般社会にも広く普及することが予想・期待されています.

一方で,研究を遂行する者として,最も重要な点は被験者の安全確保にあります.実験を行う際には,電気・神経生理学の専門家もしくは医師の監督・指導を受けられる体制を準備することが最も安全かつ確実な方法です.低侵襲・非侵襲に関わらず,被測定者に危害を与える可能性があるという点を念頭に置いた上で,慎重に研究を行わなければいけません.また,これらの規定は,研究機関の倫理委員会が独自に定めていることが多いため,実験を行う際には十分に準備し,所属機関の倫理委員会の規定を理解した上で実施することが必要です.

[1]http://www.complex.ist.hokudai.ac.jp/
[2]https://www.ai-gakkai.or.jp/my-bookmark_vol22-no4
[3]http://www.iso.org/iso/
[4]http://www.iso.org/iso/iso_catalogue/catalogue_tc/catalogue_detail.htm?csnumber=52075
[5]http://www.bsc-japan.com/index.html
[6]http://dbeat.bandaivisual.co.jp/koukaku-special/
[7]http://www.gundam.info/
[8]http://www.jsmi.gr.jp/
[9]http://www.asas.or.jp/jsmbe/
[10]http://embs.org/
[11]http://www.nihonkohden.co.jp/index.html
[12]http://www.fukuda.co.jp/
[13]http://www.biopac.com/
[14]http://physiology.jp/
[15]http://www.psych.or.jp/
[16]http://www.ajcp.info/
[17]http://psychonomic.jp/
[18]http://www.seirishinri.com/
[19]http://www.iso.org/iso/catalogue_detail.htm?csnumber=16883
[20]http://www.hcdnet.org/
[21]http://www.ergonomics.jp/
[22]http://www.jssd.jp/
[23]http://www.jske.org/
[24]http://www.jcss.gr.jp/
[25]http://www.his.gr.jp/
[26]http://www.ieice.org/~mbe/jpn/index.html
[27]http://www.ieice.org/jpn/index.html
[28]http://www.asas.or.jp/jsmbe/
[29]http://www.ieee-jp.org/japancouncil/chapter/EMB-18/
[30]http://www.ieee-jp.org/section/fukuoka/embwj/index.html
[31]http://www.iee.or.jp/
[32]http://www.sugano.mech.waseda.ac.jp/biomech/
[33]http://cme2011.ieee-icma.org/Home/Home.aspx
[34]http://www.hawking.org.uk/
[35]http://www.possum.co.uk/
[36]http://www.cyberdyne.jp/robotsuithal/
[37]http://sanlab.kz.tsukuba.ac.jp/
[38]http://www.cyberdyne.jp/
[39]http://www.rsj.or.jp/
[40]http://www.sice.jp/
[41]http://www.jsme.or.jp/
[42]http://www.honda-ri.com/
[43]http://www.atr.jp/
[44]http://www.shimadzu.co.jp/
[45]http://www.riken.go.jp/index_j.html
[46]http://www.toyota.co.jp/
[47]http://www.tytlabs.co.jp/
[48]http://www.konpon.com/jpn/kaian.html
[49]http://www.aist.go.jp/
[50]http://www.nict.go.jp/
[51]http://www.jnns.org/
[52]http://www.jnss.org/index.html
[53]http://www.neurology-jp.org/
[54]http://www.ieice.org/jpn/index.html
[55]http://www.ieice.org/~nc/jpn/
[56]http://www.cns.atr.jp/nou-ikasu/
[57]http://www.ieee-jp.org/japancouncil/chapter/CIS-11/
[58]http://www.wilddivine.com/
[59]http://www.somaticvision.com/biofeedback
[60]http://www.konami.jp/gs/game/tokimeki/
[61]http://www.tii.se/
[62]http://www.mindball.se/
[63]http://www.nintendo.co.jp/
[64]http://www.tenyo.co.jp/
[65]http://www.tenyo.co.jp/toyhobby/tlt/index.html
[66]http://www.neurosky.com/
[67]http://www.emotiv.com/
[68]http://www.segatoys.co.jp/
[69]http://www.segatoys.co.jp/mindflex/
[70]http://unclemilton.com/
[71]http://unclemilton.com/star_wars_science/#/the_force_trainer/
[72]http://neurowear.com/
[73]http://www.aapb.org/
[74]http://www.jsbr.jp/