Vol.22 No.6 (2007/11) ウェアラブルコンピュータ


私のブックマーク

ウェアラブルコンピュータ

大阪大学大学院基礎工学研究科 酒田 信親

■はじめに

コンピュータの小型化、コモディ化に伴って多くの人が外出する際には一プロセッサを持ち歩く日常となりました。しかし、プロセッサ自体を持ち歩くのがウェアラブルコンピュータと言って良いとは言い切れません。実際、ウェアラブルコンピュータの定義は境界線の引き方が非常に難しく、文字通りの「身につけられる」「着用可能な」「着用に耐えうる」計算機と考えるとA brief history of wearable computingにもある通り携帯電話、デジタルカメラ、時計など非常に多くの物がウェアラブルコンピュータの範疇に入ります。これら全般を紹介するのは困難ですので、勝手ながら今回は、ウェアラブルコンピュータを用いたActivity Recognition、User Interface、Locations systems、AR、Recording Experienceを研究しているグループや成果発表の場を紹介していきたいと思います。

■国際会議、国内会議

ウェアラブルコンピュータを用いたサービスの研究やデバイス自体の研究、その他諸々ウェアラブルに関する発表の場として最も大きな国際会議として今年11年目を迎えるISWC(International Symposium on Wearable Computers)があります。また、ウェアラブルコンピュータのインタフェース評価やユーザビリティテストまたインタラクション解析の発表の場として、CHIが選ばれる傾向にあります。同じくHCI関連でCSCWECSCWUISTなどでも、ウェアラブルに関連するものは少なからず発表されており、専門のセッションが開かれることもあります。ISMAR(International Symposium on Mixed and Augmented Reality)もウェアラブルに関連する発表が必ず毎年なされます。特に、ARを実現するためのLocations systemsやユーザインタフェースの評価について専用のセッションが用意されることが多いようです。

ここからは、筆者の個人的な感想なのですが、ISWCはウェアラブルであることが前提で、ウェアラブルであることは正義です。CHI、CSCW、UISTなどで発表されている研究は、装着型デバイスという少し大きめの枠組みで語られているものが多く、ウェアラブルにするのは否かどうかという点での評価も見受けられます。ISMARはウェアラブルを実現するための周辺技術についての発表が多いようです。

国内に目を向けますと、残念ながらウェアラブル専門の学会や会議は無いのですが、ウェアラブルコンピュータの新しい適用例がよく提案されるWISSやウェアラブル全般が網羅的に発表されるVR学会大会FIT2007などがあります。また、日本バーチャルリアリティ学会「ウェアラブル/ユビキタス VR研究委員会」がウェアラブル専門の研究会として存在しています。

専用のセッションは用意されていないものの、毎年ウェアラブルの発表がある会議を以下にあげておきます。

■研究グループ

MIT Media Labのウェアラブルグループでは、広く網羅的に研究が行われていますが、その中で特にActivity Recognition、Recording Experience、User Interfaceに関する研究に注力していると思われます。同MediaLab出身でウェアラブルコンピュータのパイオニアの一人であるThad Starner先生は、現在、ジョージア工科大学のContextual Computing Groupで、ジェスチャ認識を用いた手話サポートの研究や、Twiddlerに代表されるウェアラブルに適した入力インタフェースの研究を主になされています。Starner先生は、随分前からHMDを付けながら実生活を営んでいることでも世界的に有名です。

次に欧州ですが、スイスのETHのWearable Computing Labは、欧州でのウェアラブルコンピュータの中心的存在かつ大規模な研究グループで、Activity Recognition、User Interface、Locations systems、AR、Recording Experienceは当然のことながら、さらに基礎的なハードウェアの研究も行われています。その中で特にユニークなのがベルトのバックルに仕込むウェアラブルコンピュータの研究です。個人的な推測ですが、時計を得意とするスイスですので、ウェアラブル機器と言う共通点で研究が活発なのかもしれません。

英国のImperial College LondonのAndy先生の所属するVisual Information Processing (VIP) Research Groupでは、ウェアラブルカメラを用いた自己位置推定の研究を行っています。同じく英国のブリストル大学のMayol先生の研究グループもウェアラブルカメラを用いたActivity Recognition、User Interface、Locations systemsに関して研究がおこなわれているようです。

ここで、国内のウェアラブルコンピュータの研究に目を向けます。東京大学の廣瀬・広田・谷川研究室では、Recording Experienceの研究のひとつであるライフログや、嗅覚や聴覚を利用した新しいウェアラブル出力インタフェースが研究されています。

首都大学東京の池井研究室では、特にActivity RecognitionやRecording Experienceの研究をベースとし、さらにウェアラブルに適した音声による入出力インタフェースの研究がなされています。

奈良先端科学技術大学院大学の横矢研究室では、HMDを用いたARによる情報提供の研究やカメラや磁気センサを用いたLocation Systemsに関して研究が行われています。

同じく奈良先端科学技術大学院大学の千原研究室では、Location SystemsやUser Interfaceについて研究がおこなわれているようです。

大阪大学の西尾研ウェアラブルコンピューティンググループでは、主にHMDへの効率の良い情報の提示の方法やフレームワークに関して研究が行われています。

HMDを常時付けていることで有名な塚本先生が率いる電子計算機工学研究室では、ウェアラブルコンピュータの新しい適用範囲を提案する研究が活発です。また、ウェアラブルコンピュータに関するNPO、チームつかもとを立ち上げ公私共に精力的な活動をなされています。

産総研の拡張現実インタラクションサブグループでは加速度、ジャイロ、磁気センサを組み合わせた自蔵センサによるLocation Systemsや、HMDを使わないウェアラブルUserInterface、HMDを用いたARでの作業支援などが研究されています。

前田先生のパラサイトヒューマンの研究では、装着者への情報の出力としてHMDの代わりに身体に装着したプロジェクタを用いたものやハプティックインタフェースを用いたものが研究されています。

■おわりに

近年、ウェアラブルコンピュータの分野において、装着者への出力として視覚以外の感覚を利用する物が研究対象になってきました。また、入力に関しても、キーボードやマウスによる入力だけでなく、装着者の身体運動、位置・姿勢、周辺環境に基づいた入力の研究が活発になっています。私見ではありますが、これらの研究成果は、携帯電話やデジタルカメラなどの実用化されたウェアラブル機器に対して適用可能性が高くユーザの操作負担を増やすことなく利便性を高められるかもしれません。また、ほとんどの場所でIPリーチャブルが一般的になりつつある現在では、ウェアラブル機器の中だけで閉じた情報処理ではなく、様々な環境側のサポートも取り入れつつ、ユビキタスとウェアラブルが連携した研究が主流になってくると思われます。