*以下は、会誌「人工知能」(2015年5月)に掲載された「人工知能学会倫理委員会の取組み」から引用したものです。元の論文はこちら(PDF)からダウンロード頂けます。
倫理委員会委員長 松尾豊(東京大学)
本学会の倫理委員会を立ち上げる話が出たのは,2014年5月頃である.本稿の第一著者の松尾に,会長の松原 仁氏から,倫理委員会を立ち上げることを検討してほしいという旨の話があった.名称やメンバ,活動内容などを検討し,理事会で認められたのが 2014 年9 月(*1),第1回の倫理委員会が東京大学で開催されたのが,2014年12月であった.
倫理委員会のメンバには,本学会からだけでなく,学会外の有識者にも加わっていただくことが適切と考え,2名の方に引き受けてもらった.倫理的な問題は社会全体に関わる問題であり,学会内の研究者だけで議論するのではあまりに視野が狭くなると考えたからである.一人は,人工知能に関する小説を多数書いており,また2015年の日本SF大賞を受賞されたSF作家の長谷敏司氏である.もう一人は,人工知能を含めたIT技術全般に詳しく,法律や経営にも造詣の深い(株)経営共創基盤取締役の塩野 誠氏に引き受けていただくことができた.
学会側のメンバとしては,倫理的な問題について以前から意見を発信している元会長の東京大学堀浩一氏と京都大学西田豊明氏,またLODを中心に人工知能技術の普及に務めている国立情報学研究所武田英明氏,AIR(Acceptable Intelligence with Responsibility)研究会を主催している立命館大学服部宏充氏をお迎えすることができた.松尾を加えた合計7名で現在のところ委員会は構成されている(今後も必要に応じて委員の追加を行っていく予定である.なお,本稿は松尾が文責であるため,他の共著者には敬称を付している).
倫理委員会という名称についてであるが,実はこの名称はかなり迷った末に付けられたものである.当初から,倫理委員会という名称にするか,あるいは例えば「人工知能と未来社会検討委員会」などの名称にするかを最後まで決めかねた(現在でも名称に関する議論は続いている).この委員会の本来の趣旨は,人工知能研究あるいは人工知能技術と社会との関わりを広く捉え,それを議論し考察し,社会に適切に発信していくことである.社会との関わりの中で,倫理というのは一つの側面に過ぎないから,「倫理委員会」と称するのは想定する役割よりもあまりに狭い(*2).
一方で,「倫理委員会」という名称はさまざまな組織ですでにつくられており,何らかの影響力をもつ「怖い」委員会であるというイメージもある(実際,「イブの時間」というロボットと人間が入り交じる未来社会を描いたアニメーション作品では,倫理委員会なる組織が登場し,ロボットが人間のような行動をすることを取り締まっている).倫理委員会という名称の組織をつくるということは,人工知能に関する意識を高めなければならないことの学会としての表明でもあり,その結果としてこうした委員会が,社会に対して何らかの発信力をもつことになる.このことは,倫理委員会が社会と対話しながら活動していくうえで重要である.したがって,その意図する本来の役割と名称に齟齬があることは理解しつつも,社会から見たときにその役割が第一近似としてでもわかりやすい,「倫理委員会」という名称とすることにした.
こうした名称を選んだせいもあろうが,倫理委員会は,設立当初から反響が大きかった.まだ第1回の会合しか開催していない時点で,新聞社から複数の取材の依頼があり,日本経済新聞や読売新聞などで取り上げられた.また,2015年2月に開催された第2回の倫理委員会には,NHKのカメラが入り,2015年2月19日「おはよう日本」の一つのコーナーである,ビジネス最前線「進化する人工知能」において,委員会の活動が発足したことについても放送された.
松尾自身の思いとしては,今回の倫理委員会のような活動の必要性を感じたのは,昨年の「表紙問題」であった.2014年1月に本学会の学会誌の名称および表紙を変更したときに,社会的に大きな反響があった.その経緯や議論については,2014年3月号の小特集 ,ならびに2015年1月号の坊農氏のコラムと新しい表紙についての記事に詳しい.当時は,人工知能が社会に対してこれほどまでにインパクトをもっていることを十分に想像していなかった.そして,人工知能のプレゼンスが高まる中で,社会との接点を真剣に考えないといけない段階に来ていることを痛感した.今回,倫理委員会という活動の場を与えていただいて,光栄に思っている.
*1 実際には,本学会では2007年から倫理委員会という名称の委員会が設置されていたが,継続的な活動は行われておらず休眠状態であった.
*2 倫理よりも,ELSI(Ethical, Legal and Social Issues(あるいは Implications))のほうが近いであろう.しかし,ここでは,技術の未来予測やどのような方向に研究が進んでいくべきかも含めた議論を扱いたいと思っており,ELSI よりもさらに広い概念かもしれない.
出典:
松尾豊ほか:人工知能学会 倫理委員会の取組み, 人工知能, Vol.30, No3, pp.358-368 (2015)