【講演概要】

メタファーの身体的基盤について

鍋島 弘治朗 (関西大学 文学部英語英文学科)



本発表では、Lakoff and Johnson (1980)のメタファー理論における身体性を取り上げる。 Lakoff and Johnson (1980) では、メタファーの身体的基盤として経験的基盤が述べられているが、 経験的基盤(共起体験に基づくメトニミー的認知)以外にもメタファーが成り立つ場合を考察する。 このような場合には2種類あり、 起点領域の構造的推論が身体的知識に基づいている場合(構造的類似性に基づくメタファー的認知)、および、価値評価的が関わる場合(カテゴリーに基づくシネクドキー的認知) であることを主張する。さらに、いずれの場合も身体性に根ざしていることを検証する。
 メタファーの動機づけとは多くのメタファー理論で根拠(Ground)と呼ばれる。 Lakoff and Johnson (1980) では、メタファーの動機づけは経験的基盤であることが主張されている。 例えば、本の数が多ければ高く積みあがる(More Is Up)、視覚情報から物事を理解することが多い (Knowing Is Seeing)など、起点領域と目標領域をまたぐ経験のことである。
 しかしながら、経験的基盤が欠如している例も多い。例えば、(1)のような例である。

(1)
a. They flooded into the room.
b. 駅からずっと甲子園に行く人の流れが続いている。
c. コンサートホールは熱狂的なファンで溢れ返っている。
d. 人海戦術
e. 陽子は人波に飲まれていった
f. Twin tower
g. 双子の赤字

(1)のa-e は、群集を水のように見立てている。群集と水の間にはいわゆる経験的基盤 (群集が水の中で泳いでいるなど)が存在しない。にもかかわらず(1)(1)の a-eには比喩性が感じられ、言語データから見れば<群集は水である> というメタファーが成立していると思われる。 (1)f. g. は同じようなものが2つ近くに存在する場合に、「双子」 という表現が使用される例であるが、ここのもLakoff and Johnson (1980) にいう経験的基盤は存在しない。 これらは、イメージスキーマによる構造的類似性であると言える。 イメージスキーマに関する詳細説明は本概略では省くが、 (1)のa-eは、無数の個体の集合という点が、(1)の f.g.は、存在物の数の対応が、 メタファーの基盤となっている。なお、Lakoff and Johnsonの理論ではイメージスキーマは写像されると述べられているが、 イメージスキーマがメタファーの基盤になるとは主張されていない(Lakoff 1993 など)。

 さらに、(2)はまた別のパターンのメタファー群であると言える。

(2)
a. 毒のある言葉
b. 刺のある言葉
c. 針のような言葉
d. She can cut you like a knife
e. 会議に爆弾を持ち込んだ
f. My job is a jail.

(2f)はGlucksbrg & Keysar (1993)の例であるが、牢屋と仕事の間には (牢屋で仕事をするといった)経験的な共起性は存在しない。 (2)にはLakoff and Johnson (1980) にいう経験的基盤は存在しない。 あるのは、「嫌な感じ」に基づく価値的類似性であると言える。 なお楠見(1990)などではこれを情緒的類似性と読んでいる。 これら2種類の場合はGradyではそれぞれ類似性メタファーおよび<一般は特殊である> メタファーの類としてLakoff and Johnson (1980) のメタファーとは全く異質なものとして研究対象から除外しようとする試みが見られるが、 このようなものもメタファーであることに間違えはなく、 (1)および(2)の類を研究対象から排除してしまうとメタファー研究が非常に貧困なものになる。 また、(1)におけるイメージスキーマは本発表で論述するように身体性を十分備えているし、 (2)における価値的類似性も「感覚とそれに対する価値付与」という認知過程を考慮することによって位置づけが明確になる。 本発表では、Lakoff and Johnson における経験的基盤を身体的基盤と捉え直すこと によって、従来の経験的基盤では排除せざるを得なかった構造的類似性および価値的 類似性に基づくメタファーをもう一度同一の枠組みで捉えなおすことができる。

主要参考文献

  1. Clausner, Timothy and William Croft. 1999. Domains and image schemas. Cognitive Linguistics 10-1, pp. 1-31.
  2. Gibbs, Raymond W. Jr. and Herbert L. Colston. 1995. The cognitive psychological reality of image schemas and their transformations. Cognitive Linguistics 6-4, 347-378.
  3. Glucksberg, Sam and Boaz Keysar. 1993. How metaphors work. In Ortony, A ed. Metaphor and thought. Cambridge: Cambridge University Press.
  4. Goossens, Louis. 1990. Metaphtonymy: the interaction of metaphor and metonymy in expressions for linguistic action. Cognitive Linguistics 1-3, 323-340.
  5. Grady, Joe.  1997.  THEORIES ARE BUILDINGS revisited. Cognitive Linguistics 8(4), 267-290.
  6. Grady, Joe.  1999. A typology of motivation for conceptual metaphor: correlation vs. resemblance. In Gibbs, R. and G. Steen, eds, Metaphor in cognitive linguistics. Philadelphia: John Benjamins. グループμ 1970. 『一般修辞学』(佐々木健一・樋口桂子訳, 1981) 大修館書店
  7. Kovecses, Zoltan. 2002. Metaphor: A practical introduction. Oxford: Oxford University Press.
  8. 楠見 孝 1990. 「比喩理解の構造」 芳賀 純・子安増生(編) 『メタファー の心理学』 誠信書房
  9. Lakoff, George. 1990. The Invariance hypothesis: Is abstract reason based on image schemas? Cognitive Linguistics 1, 39-74.(杉本孝司訳 「不変性仮説ー 抽象推論はイメージ・スキーマに基づくか?」坂原茂編 『認知言語学の発展』, ひ つじ書房, 2000年)
  10. Lakoff, George. 1993. The contemporary theory of metaphor. In Ortony, A ed. Metaphor and thought. Cambridge: Cambridge University Press.
  11. Lakoff, George and Mark Johnson. 1980. Metaphors we live by. Chicago: University of Chicago Press.
  12. Lakoff, George and Mark Johnson. 1999. Philosophy in the flesh. New York: Basic Books
  13. Lakoff, George and Mark Turner. 1989. More than cool reason: a field guide to poetic metaphor. Chicago: University of Chicago Press. (大堀俊夫訳 『詩 と認知』, 紀伊国屋書店, 1994年)
  14. Langacker, Ronald 1987. Foundation s of cognitive grammar. Vol. 1: Theoretical prerequisites. Stanford, Calif.: Stanford University Press.
  15. 鍋島弘治朗 2002. 「Generic is Specificはメタファーか−慣用句の理解モデルに よる検証―」『Proceedings of the 2nd JCLA Annual Meeting』 認知言語学会
  16. 鍋島弘治朗 (予定). 「領域を結ぶのは何か −メタファー理論における価値的類 似性と構造的類似性―」『Proceedings of the 3rd JCLA Annual Meeting』 認知言 語学会