加藤 仁資 (埼玉県社会福祉事業団)
文学と認知について、物語の生成と感情移入を研究の対象とする。 物語の生成については、構造分析と変容についての理論を考えていく。 日本における物語研究といえば、古典の物語を意味し、 文学的な見地からの研究に限られる。もっと広い範囲で物語を採取し、分析を進める必要がある。 構造分析とは、要素に分解するだけでなく、それが如何に構成されるか。それが、 次の作品にどう利用されているかを考察するものである。物語の構造を分析していくと、 まず気付くのが、物語は層をなしているモザイク構造をとっていることである。本論文では、 「源氏物語」の分析から、物語が多層な構造を持つことを示し、 その構造を分析することにより、物語の創生の可能性をさぐっていく。 本研究での「物語」とは、小説の要素としても文学を構成するが、 必ずしも文学的な性質を持つものに限らない。この論文では、ストーリーとその解釈のみをさし、 文学以外の非常に広い範囲での認知的な要素となるものをいう。 人の認知の基本はエピソードと考えることができる。 スクリプトやエピソード記憶として研究対象となっているが、主流には至っていない。 しかし、人の記憶は、シンボルの認識以前に経験から始まっている。 経験はすべて物語に置き換えることができる。人が何によって行動するかと考えれば、 経験に従っている場合がほとんどであることに気付く。論理による判断、行動はむしろ、 意識的な作業が必要である。 人の知能は論理がベースと言うのが、人工知能のセントラルドグマであるが、 これは確かなのであろうか? 発達心理学では、人の論理能力は、 早くとも5歳まで待たなくてはならず、7,8歳頃に発達することが知られている。 このことから、確かに論理は人の高度な知能であると言えなくもない。 しかし、実際にはこれ以前に他の霊長類と知能の差は出現している。 人の知能の発達を考え、それをシュミレーションしようとするならば、 論理以前の知能発達を無視することはできない。 また、工学などの専門分野をAI 化しようとするとき、 ヒュ―リステックな知識と言うものが、論理に立ちふさがっていた。 経験に基づき、論理化できない知識である。このような知識を、 どのように自動的にシステム化するかは、いまだ未解決の課題となっている。 最終的には物語の自動形成を考えていくが、 今回は作家自身の物語の形成と変容がどのように行われているかを分析する。