【講演概要】

「えっさ」は右から? 左から? ―掛け声の非対称性からみる日本語の五十音と身体の関係―

〇伊藤 雄馬 (東京外国語大学共同研究員・横浜市立大学客員研究員)、 長瀬 准平 (芝浦工業大学)



古今東西、人は動作に掛け声 (shouting) を付してきた。本稿では、 日本語の掛け声を例に、運動と掛け声の非対称性をみることで、 日本語の五十音と身体の関係について考察する。
日本語の掛け声の研究について、言語学的な考察は多いとは言えない状況にある。 その中で、六城 (2017: 105) は掛け声を「動作を行うものに対して『声』を『掛』けることで、 その動作のタイミングを調整する文」と定義し、「働きかけるのが話し手か聞き手か」、 「動作の内容かタイミングか」の指標を用いて分類を試みている。 運動生理学的な研究では、林・脇田 (2004) が、自発的な掛け声が反応動作に好影響を与えることを示唆している。
掛け声は動作のタイミングや反応動作に対して有意であることは、 経験的にも科学的にも確かめられている。しかし、 掛け声がなぜ動作に影響を与えるのかについては、明確な説明を与えられてこなかった。 本稿では、日本語の「えっさえっさ」という掛け声を例にとり、 この掛け声の動作との関係にある非対称性を示すことで、掛け声と動作の関係について考察する方法を提示する。
「えっさ えっさ」は多人数で重い物を動かすときなどに発する掛け声であり、 歩行に対して働きかける掛け声である。よって、 「えっさ」と歩行のタイミングは2通りの可能性がある。すなわち、 (1) 「えっさ」の「え」と言いながら「右足」、「さ」と言いながら「左足」 に体重をかける方法、 (2) 「え」で「左足」、「さ」で「右足」に体重をかける方法、この2通りである。
結論から言えば、(1) だとスムーズに動作が行われ、前方へ力が加えやすいのに対し、 (2) だと動作に力みが生まれ、前方へ力を発揮しずらくなる。つまり、 「えっさえっさ」は「右左右左」のタイミングで足を着く場合に有効であり、 「左右左右」のタイミングでは無効どころか、負の影響がある。 本稿ではこの現象を「掛け声の非対称性」と呼ぶことにする。
「掛け声の非対称性」が何に由来するかは、 日本語の五十音と身体の関係に求めることができると筆者らは考えている。すなわち、 「え」などの「あ行」は身体の「右側」 (より正確には右前側) により親和性があり、 「さ」などの「さ行」は「左側」(より正確には左後側) により親和性があることに起因する。他の「五十音」についても、 右側・左側のどちらに親和性を持つか、またその傾向が何を意味しているのか、 より詳細な検証が必要なためここでは論じないが、言語と身体の関係を考察する上で、 掛け声が重要な役割を果たすことは間違いない。