【講演概要】

ケースメソッドと実践との関係 〜破壊/創造としてのケース/実践〜

石村 源生 (東京工業大学地球生命研究所 広報室)



ケースメソッドとは、特定の学習目標の達成のために、 実務におけるひとまとまりの実践のエピソードを文脈情報や制約条件などを含めて 「ケース(事例)」として記述して教材とし、 それに基いてディスカッションを中心とした授業を行う教育手法のことである。 自明な正解の無いジレンマ状況が採り上げられることが多い。また、 ケースにおいては単に事実を時系列で採り上げるのではなく、 設定された学習目標に応じて順番の入れ替えや情報の取捨選択、恣意的なノイズ情報 (本質とは関係のない情報)の混入などが施され、学習効果を高める工夫がなされている。 これらを実現するために、ケースの制作には特別の経験と能力が必要とされる。 ケースメソッドはハーバード・ビジネス・スクールで使われ始め、 今では世界各国のビジネススクールを始めとする実務家養成教育の現場で活用されている。
なお、ケースメッソッドは「ケーススタディ(事例研究)」と混同されがちであるが、 前者は上記のようにあくまでも「「特定の学習目標の達成」 のために周到に設計された教材とそれに基づく教育手法」であるため、 関係性はあるものの両者は異なる概念である。 ケースメソッドはこのように「実践」を特定の目的のために編集、 換骨堕胎して言語化するものなので、ある意味では生の「実践」の事実を「破壊」 するものであると捉えることができる。しかしながら、「生の「実践」の事実」 などというものが存在しうるという考え方もある種の虚構であるとも考えられる。 一方、捉え所のない暗黙知として看過されていっていたものを明確に言語化し、 それを教材として用いることによって学習者に定着させる、という意味では、 このプロセスにおいてまさに実践が顕在化され、「創造された」とさえ考えることも可能である。
また、ケースメソッドは上記のような含意を持ち、 有効な実務教育手法として定評がある一方で、 それによって学んだことをそのまま実践に適用できるわけではない。 ここでもまた、編集・換骨堕胎による本質の抽出と文脈に合わせた適用、 が必然的に行われるわけであり、このことはさきほどとは逆に 「実践によるケースメソッドの「破壊」」とも捉えることができる。一方実践は、 言うまでもなくケースメソッドの素材であり源泉であるので、次のケースメソッドを「創造」する行為であるとも捉えることができる。
このようにケースメソッドとは、実践との関係において、 相互に破壊と創造を繰り返すプロセスである。本研究発表においては、 このプロセスの具体的なあり方と含意を整理し、議論の端緒としたい。