教養知識としてのAI

【記事更新】教養知識としてのAI 〔第2回〕AI マップβ


第2回
AI マップβ
AI Map Beta

堤  富士雄 (一財)電力中央研究所
Fujio Tsutsumi エネルギーイノベーション創発センター
Energy Innovation Center, Central Research Institute of Electric Power Industry.

Keywords: artifi cial intelligence, machine learning, prediction, reasoning, AI basics, ontology, human agent interaction, AI ethics, AI reliability, multi agent system, data mining.

1.はじめに

 AI 研究のマップをつくった.学会ホームページ(以下のURL)から,誰でもPDF ファイルをダウンロードできる.
https://www.ai-gakkai.or.jp/resource/aimap/
 この記事ではマップの読み方・使い方を通じてAI 研究の広がりを紹介する.ぜひ手元において読んでほしい.
 マップの名前は「AI マップβ」という.βとはβ版だからで,「正式版を公開する前の試用品」の意味である.つくりながら思ったが,永遠にβ版かもしれない.もちろん一人でつくったわけではなくて,三人の仲間(森川幸治@パナソニック,市瀬龍太郎@NII,植野 研@ 東芝)と共同でつくった.
 「AI マップβ」の目指すところは,AI研究の全体像を見渡せる地図である(大きく出たね).「人工知能学大事典」が770 項目で1 600 ページもあるというのに,地図をつくろうとか無茶を言う.まさに伊能忠敬級の挑戦だと思う(そんなに頑張っていないが).それでも,地図作成にトライしよう,と思ったのには訳がある.
 昔と違ってAI 研究は大きく広がった.研究分野が広がっただけでなく,実応用,さらには自動運転車の責任問題など社会の多方面に広がった.関連する技術群も多岐にわたり,全体像が見えづらいと思った.これは,複数のAI 研究者からも聞いたので,それなりに共通する意見だと思う.
 ただし古くからのAI 研究者は,自分の通ってきた道を中心として,ぼんやりとは頭の中にマップをもっているものだ.だから,年寄り向けにはマップをつくる意義はそれほど大きくない.一方で,AI研究が盛んになるに従って,2 種類の新たな仲間が増えた.未来のAI 研究を担う学生など初学者と,「AI いいかも」と活用を考えはじめた異分野研究者である.
 というわけで,これら2 種類の研究者をターゲットとしたマップをつくろう,と考えた.それは例えば「地球の歩き方」のような資料である.今は海外でもスマホが普通に使えるので必要性は薄れたが,以前は海外に行くと地図が必須だった.都市図にボロボロになるまで書き込んで歩き回った.AI 研究に関して,そういう地図の素になるものをつくろう,という意気込みである.
 最初は似たマップがないか国内外でいろいろと探した.その結果,どうもなさそうだ,という結論に至った.特に,本屋に行けばAI 関連の本が棚を占めるほどあるのに,全体像を表す図は偏ったものが多い.多くは,著者の主張を補強する図なので仕方がないと思うが,我々の目的と合致しない.そこでオリジナルのマップをつくることにした.
 マップは4 枚ある.重なりつつ異なる視点からのAI 研究の全体像である.なお,解像度が粗いため,初学者や異分野研究者にすぐに役立つ地図にはなっていない.日本全図程度で,都内観光には役立たない.とは言え,使い方によっては,それなりに役立つと思う.

2.4 枚のAI マップ

 AI マップは,ぜひサインペンで書き込んで使ってほしい.自分の専門や気になるキーワードに丸を付けて,線で結んで,関心・専門やその移り変わりを地図上に描くことをお勧めする.結んだ線の途中や,囲まれたあたりに,気付きが得られるかもしれない.また,線が伸びていない未踏地が見えるだろう.友達や同僚,また先生と書込み結果を見比べても面白い.知らないキーワードや好きな言葉に星マークを付けてもよい.

(A)知能活動のフロー

 君の隣にAI が座っているとイメージしてほしい.ロボット型かアンドロイド型かは想像にお任せする.感じの良い見た目で,親しみやすそうだが,何も喋っていない.頭の中で忙しく仕事をしているかもしれない.何と話しかけようか.友達になれるだろうか.マップA は,そういうシーンをどう実現するか,またそのときにどういう問題が発生するか,解決するか,という観点である.このマップを通じてAI を形づくる要素への理解を深めてほしい.
 左側がAI である.AI の中は人間の知能処理の流れに関する考え方で整理した.AI の実現にも,これら多様なステップが必要であり研究が進んでいる.例えば左側にあるオントロジーはAI が備えるべき知識体系である.隣に座っているAI は,どの程度完成しているだろうか? 君の言っていることは良くわかるが,予測が下手なため,気の利いたことはできないかもしれない.
 AI と一緒に仕事をし,AI に成長してもらうには,君とAI とのやり取りが重要になる.よって,その接点に関する研究も多数ある.人間エージェントインタラクション(HAI)はまさに人とAIとの付き合い方の研究である.さらに,AI の普及に従って,影響も個人から社会へと広がっている.AI の倫理や信頼性が議論されている.人や社会との関わりを考える際にマップを見てほしい.

(B)技術と応用の交点

 4 枚のマップの中で,マップB のみが時間的な変遷を扱っている.AI 研究は左下の原点付近から始まった.知能とは何かわからなかった.対象も積木など単純だった.それが徐々に解明が進み,計算機上でプログラミングできるようになり,マルチメディアなど複雑な応用対象と,さらには具体的な問題解決に役立てる試みに広がった.その後,能力を高めるには知識と推論が必須であることから研究が進み,対象もWeb などに広がった.さらに機械学習に関する技術革新が進み,適用範囲はさらに広がった.機械学習はデータから知識を学ぶ技術であり,がんの画像診断など,性能向上には目を見張る.
 マップB は,左下から波が外に向かって広がるイメージで捉えてほしい.波は端まで行くと,反射してまた内側に戻ってくる.時に激しく,時に優しく波が打ち寄せ,交差する.掲載した多数のキーワードは,波に洗われて残った岩礁のような成功分野である.
 次の波が来るときに,何が新たな成功分野になるかはわからない.岩礁の周囲に第二の解決策があるかもしれない.例えば,中心付近にマルチエージェントがある.これはエージェントという小さなAI を計算機内に多数用意して社会現象などを再現する技術である.その下に複雑なデータを分析するマイニング技術群があり,今後の連携があるかもしれない.次の波に乗るにはどのサーフボードが,どのビーチが良いか感性を磨いて備えてほしい.

(C)基盤領域から手法・応用領域へ

 マップC は,大きな樹木をイメージした.地中に張り巡らした基盤から養分を吸い上げて,多数の綺羅星のごとき手法群が誕生し,その実応用が花咲いている.枝葉は広がり,密度は高まるばかりである.実応用の進展速度も速く,すべての生活・産業・社会に影響を与えるだろう.
 ところで最近はAI ツールや,クラウドサービスが充実し,次々に便利で有用な道具が生まれている.そのため単に道具を使うだけなら,マップC の観点は不要である.しかし,道具の限界を乗り越え,普通と違う目的に活用し,道具の普及で生じた新たな問題を解決する段階,つまりは研究を本格的に進める段階でこの観点が重要になる.壁を打ち破るには一度基盤層に降りて,例えば確率・統計などを学びなおすことが役に立つ.または,開発手法の応用先もストレートに上に進むのではなく,少し斜めに探すのが良い場合もある.自分で見つけた新しいキーワードを追記して,学習や応用を深める助けとしてほしい.

(D)AI 研究のフロンティアは広大

 マップD は,知能をどのように捉えるかで整理したマップである.いま最も賑わっているのは「学習・認識・予測」である.特に予測技術は進歩が著しく,雨の日のコロッケ屋の売上や食堂の混み具合予測など,誰もが使える技術になりつつある.ただ,他にもたくさんの捉え方があり,それらが互いに影響しあっているのがAI 研究の面白さだ.例えば推論・知識・言語は歴史の長い分野であり,たくさんの知識を使って言葉を操り,複雑な論理思考をこなす知能である.ここも,予測や学習と連携して新たな局面を迎えている.例えばWeb から自分で学んで知識を蓄え,新しいことを考え出すAI が研究されている.なお,筆者が初学者の頃,多数の論文を読むと完成された感じがして,今から研究しても新しい研究などできるかな,と心配になったが気にする必要は全くない.知能は汲んでも尽きない井戸のように奥深く,いくらでもフロンティアがある.
 もう一つマップD で知ってもらいたいのは,周辺に位置する多数の学問である.特に工学研究としては珍しく,運動学や行動経済学,発達心理学など人文系の学問と関係が深いことがわかるだろう.AI 研究は極めて幅広い多数の知の交差点である.AI 研究をするということは,そのダイナミックな空間に身を置くということである.

3.研究会マップ

 研究会では,余裕をもった時間配分で,最新のAI 研究の発表・議論がなされる.よって動向を深く探り,第一線の研究者と直接会える貴重な機会である.一方で,研究会名などから内容を推測するのは難しい.そこでAI 学会の24 の研究会すべてへのアンケート結果から,研究会をマップ上に配置した.専門や関心と配置が似た研究会に足を運んでほしい.また,このマップは,研究会幹事ら数十名の知恵が集まっている.マップによっては線が交錯して見づらいが,その交わり具合がまさにAI 研究の現在のダイナミズムである.例えば,マップA では,左上の目標・意図形成と右上の社会応用とが,AI と人との接点を仲立ちにV字構造をしている.マップD でも推論・知識・言語と人・対話・情動が,発見・探索・創造を仲立ちに複雑に絡まっている.これらは最新のAI 研究が狙っている波頭である.また,マップC は比較的分離が良いのに対して,マップB では固まっていて,アプローチの違いとホットな応用領域がわかる.筆者には玩具が散らばった遊び場に見える.

4.おわりに

 AI マップは,上述したように書き込んで使ってほしい.筆者も自分の来た道を4 枚に書き込み発見があった.避けた苦手な分野,袋小路からの逃げ道,収穫の多かった分野転換が見えて面白かった.多数の研究者の記入内容を集めたら面白いだろう.マップ自体を研究する研究者がいてもよい.
 今はAI 研究の大航海時代である.この粗雑な海図を参考に新大陸へと漕ぎ出してほしい.難破しても責任は取れないが.