【記事更新】私のブックマーク「知的学習支援システム(Intelligent Tutoring Systems)」


私のブックマーク

知的学習支援システム(Intelligent Tutoring Systems)

林勇吾(立命館大学総合心理学部/カーネギーメロン大学計算機科学部)

はじめに

コンピュータを用いた教育・学習の支援システムに関する研究は,これまでCAI(Computer Assisted Learning)の研究から端を発し,膨大な数の学習支援システムが考案されてきた.近年では学習者へのより適応的に支援するために認知科学の知見を取り入れて学習者の知識構築プロセスを検討したり,センシング技術を利用して学習者の状態に応じた学習支援のシステム開発が行われている.こういった新しい技術や手法を用いて,自律的かつ即時的なフィードバックによるインストラクションを行うことが可能なITS(Intelligent Tutoring Sysstem)に関する研究が非常に盛んに行われている.ITSの特徴としては,学習者の問題解決時の各ステップのレベルで支援する機能(inner-loop)が存在すること(VanLehn, 2006)や,学習者の状態に応じた適応的なフィードバック(Woolf2009)などの特徴を有することが挙げられる.また近年では,こういったITSに擬人化会話エージェントを導入した協同学習支援に関する研究も行われている(著者による最近の解説はこちら[1]を参照されたい.).さらにITS研究の方法論として,ここでは人間の認知特性に基づいて学習支援システムの研究・開発を行うだけでなく,システムを利用した際の人間の認知行動を調べることで学習者の知識構築過程をモデル化し,そのうえで新たなITSのデザインを検討していく.このようにITSの研究は学際的な性質を持つため,人工知能だけでなく認知科学や教育心理学などを背景とする読者にも興味深い分野なのではないだろうか.

認知科学の分野で研究されている代表的なITSには,Cognitiove Tutorが挙げられる.Cognitive Tutorとは,米国カーネギーメロン大学の認知科学者John Anderson教授によって考案され,認知科学の分野における人間の問題解決モデルを理論的な基盤として開発されている.高校数学をはじめ科学教育やプログラミングなど数多くの分野をカバーし,米国内の数千の高校・大学での利用実績と長期的なスパンでの学習効果も証明されている.現在このCognitive Tutorをベースにしたソフトウェアは,Carnegie Learning IncのCo-founderで,カーネギーメロン大学のKenneth Koedinger教授がLearnLab[2]でDirectorとして研究・開発研究を行っている.なお,筆者は現在Koedinger教授のラボで客員教員としてカーネギーメロン大学に研究滞在しており,本コーナーではこの機会にここで研究されているITSを中心に紹介していく.

Cognitive Tutor 構築ツール

カーネギーメロン大学のLearn Labでは,Cognitive Tutors をはじめとする学習支援システムを開発できるツールを公開している.これはCTAT(Cognitive Tutoring Authoring Tools)[3]と呼ばれ,web上からダウンロードできる.留意すべき点の一つは,プログラミングの知識がなくとも,このシステムを利用することで容易にITSのシステムの開発を行えるように設計されている点である.以下では,近年のCognitive Tutors をレビューしたカーネギーメロン大学のVincent Aleven先生の論文[4]の中でwebページのリンクがあるものを順番に紹介する.

AdaptErrEx-Erroneous Examples[5]
Chem Tutor[6]
Genetics Tutor[7]
MathTutor[8]
Stoichiometry tutor[9]
The article tutor[10]

それ以外にも,以下のチュータが紹介されている.

Decimal Point: Educational Games for Learning Decimals
Fractions Tutor
Fraction Tutor (version that supports sense making)
Grounded Feedback Tutor
Lynnette
Proportional Reasoning Tutor
Red Black Tree Tutor
The Tuning Tutor
Tutor for Collaborative Learning of Fractions
Tutor for Buisiness Modeling with Google Sheets
Tutors for Guided Invention Activities

また,上記で取り上げた論文によると,Pittsburgh Science of Learning Center (PSLC) DataShop[11]では,上記のシステムで収集された学習者のデータ,約40%をデータベースに蓄積している.研究者がこのデータセットを用いて学習者の行動データをデータマイニングして分析することが可能であり,その成果は以下に紹介する論文誌や国際会議で数多く発表されている.

その他のIntelligent Tutoring Systems

Algebra Tutor PAT (PUMP Algebra Tutor or Practical Algebra Tutor)[12]:米国のカーネギーメロン大学で開発され,代数学を対象に扱う.
AutoTutor[13]:米国のメンフィス大学にて,開発され物理学,情報リテラシー,科学教育などの分野を扱っており,会話形式でのチュータリングを行う.MetaTutor[14]AutoMentor[15]などAutoTutorを基盤とする数多くが開発され続けている.
Betty’s Brain[16]:米国のスタンフォード大学で開発され,科学概念の理解を対象としたシステムである.エージェントに教えることによる学習効果にも着目している.
iSTART[17]:米国のアリゾナ州立大学のMacnamuraによって開発され,文章読解とその理解に焦点を充てたシステム.
Mathematics Tutor[18]:米国マサチューセッツ大学で開発された数学を対象とする.現在はThe center for knowledge communication[19]にて数学以外のシステムも考案されている.
MetaTutor[20]:米国のマクギール大学で開発され,生物学を始めとする分野を扱っている.メタ認知の支援に関する検討も数多く行われている.
Operation ARIES[21]:米国の北イリノイ大学にて開発され,科学的推論能力や批判的思考の育成を対象とする.
SQL-Tutor[22]:ニュージーランドのカンタベリー大学で開発されたデータベースを対象に行う.
Why2-Atlas Why2-Atlas[23]:米国ピッツバーグ大学にて開発され,物理学を対象としたシステムで自然言語処理によりチュータリングを行う.開発者のKurt VanLehn[24]はその他にも高校生向けの数学全般を対象としたシステムの開発を行っている.

ITSを扱った国際カンファレンス(リンクは主に2018年)

ACM Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI)[25]
ACM International Computing Education Research (ICER)[26]
ACM Learning at Scale (L@S)[27]
Annual Cognitive Science Society Meeting(CogSci)[28]
International Conference on Intelligent Tutoring Systems(ITS)[29]
International Conference on Artificial Intelligence in Education(AIED)[30]
International Conference of the Learning Sciences (ICLS)[31]
International Conference on Computer-Supported Collaborative Learning (CSCL)[32]
International Conference on Educational Data Mining(EDM)[33]

ITSを扱った論文誌

Cognitive Science[34]
Cognitive System Resercn[35]
Computers & Education[36]
IEEE Transactions in Learning Techonologies[37]
International Journal of Artificial Intelligence in Education[38]
International Journal of Computer Support for Collaborative Learning (ijCSCL)][39]
Journal of Educational Data Mining[40]
Journal of the Learning Sciences (JLS)?[41]

国内研究会

ALST:先進的学習科学と工学研究会[42]:1986年に発足した人工知能学会の第一種研究会.情報工学,知識工学,認知科学,教育工学,学習科学などの幅広い分野から人の学習に関する様々な研究発表や討論・交流の場を提供しています.

おわりに

冒頭でも触れたように,これらの情報は筆者がカーネギーメロン大学に滞在中に収集したデータや筆者の選好が強く反映されている.ITS研究の全てを網羅できていない部分もあるかと思われるが,このブックマークにご興味を持たれた方が一人でも多くいれば幸いです.

謝辞

カーネギーメロン大学のコンピュータサイエンス学部のKenneth Koedinger教授およびラボのメンバーには,情報を収集する上で大変有益なコメントを頂いた.ここに感謝の意を記します.

[1] https://jsai.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1938&item_no=1&page_id=13&block_id=23
[2] http://learnlab.org/
[3] http://ctat.pact.cs.cmu.edu/
[4] https://link.springer.com/article/10.1007/s40593-015-0088-2
[5] http://www.cs.cmu.edu/~bmclaren/projects/AdaptErrEx/
[6] https://chem.tutorshop.web.cmu.edu/
[7] https://genetics.cs.cmu.edu/
[8] https://mathtutor.web.cmu.edu/
[9] http://www.cs.cmu.edu/~bmclaren/projects/StoichAd/
[10] https://sla.talkbank.org/English/demo/rule/ArticleTutorDemo.html
[11] https://pslcdatashop.web.cmu.edu/about/
[12] http://www.cyberedinc.com/
[13] http://ace.autotutor.org/IISAutotutor/index.html
[14] https://www.nsf.gov/awardsearch/showAward?AWD_ID=1431552
[15] http://edgaps.org/gaps/projects/automentor/
[16] http://www.teachableagents.org/research/bettysbrain.php
[17] http://soletlab.com/
[18] http://centerforknowledgecommunication.com/pages/01ckcindex.html
[19] http://centerforknowledgecommunication.com/
[20] https://www.nsf.gov/awardsearch/showAward?AWD_ID=1431552
[21] https://sites.google.com/site/ariesits/
[22] http://www.cosc.canterbury.ac.nz/tanja.mitrovic/sql-tutor.html
[23] http://www.public.asu.edu/~kvanlehn/why.htm
[24] http://www.public.asu.edu/~kvanlehn/projects.html
[25] https://sigchi.org/conferences/
[26] https://icer.acm.org/
[27] https://learningatscale.acm.org/las2017/
[28] http://www.cognitivesciencesociety.org/conference/
[29] http://its2018.its-conferences.com/
[30] https://aied2018.utscic.edu.au/
[31] https://www.isls.org/conferences/icls
[32] https://www.isls.org/conferences/cscl
[33] http://educationaldatamining.org/EDM2018/
[34] http://www.cognitivesciencesociety.org/cognitive-science-journal/
[35] https://www.journals.elsevier.com/cognitive-systems-research/
[36] https://www.journals.elsevier.com/computers-and-education/
[37] https://ieeexplore.ieee.org/xpl/RecentIssue.jsp?punumber=4620076
[38] https://www.springer.com/computer/ai/journal/40593
[39] http://ijcscl.org/
[40] http://jedm.educationaldatamining.org/
[41] https://www.tandfonline.com/loi/hlns20#.VFEA-ovF8pg
[42] http://sig-alst.jp/sig-alst/