Vol.19 No.1 (2004/01) 教育工学


私のブックマーク

教育工学

 2000年3月に発行された「教育工学事典」(http://www.japet.or.jp/jet/info/index.htm)によると,教育工学に関するキーワードを「認知」「メディア」「コンピュータ利用」「データ解析」「ネットワーク」「授業研究」「教師教育」「情報教育」「インストラクショナル・デザイン」「教育工学一般」の10分野に分類し,教育工学や教育設計を構成している基礎となる学問は,教育学,心理学,社会学,言語学,人間科学,生理学,統計学,システム科学,情報工学,人間工学,電気電子工学,通信工学,制御工学などであるとしている.まさに,教育工学は人文社会系と理工系,および人間に関する学問分野を融合した学際的な学問である.よって,「教育工学」とは,『人間の学習過程を対象として(認知),これをメディア等の情報手段を用いて(メディア,コンピュータ利用,データ解析,ネットワーク),実際の授業や教育改善に寄与することを目的として(授業研究,教師教育,情報教育),その教育設計や研究方法(インストラクショナル・デザイン,教育工学一般)を提案することを目的とした学問』と定義されることになろう.そして,これらの分野が互いに複雑に関連し合って,複雑怪奇,曖昧模糊としたところが教育工学研究の特徴でもある.

 本稿では,教育工学関連の国内外の学会,研究会を紹介し,教育工学研究のホットな話題,そして教育工学研究と(純粋)工学研究との相違点から生じる特殊性から,教育工学研究の難しさ(楽しさ)を纏めてみたい.「ブックマーク」とうよりも,「教育工学研究の紹介」的な内容になることをお許しいただきたい.

1.国内関連学会

 国内の教育工学関連の学会,研究会には次のようなものがある.この他にも様々な学会で「教育工学」や「e-Leanring」をキーワードにした研究会が設立されている.

  • 人工知能学会 知的教育システム研究会(http://cbdg.cdd.toko-s.co.jp/SIG-IES/)
     この研究会では知的CAI(Computer Assisted Instruction),
    ITS(Intelligent Tutoring System)研究など,人工知能技術の教授・学習過程への応用を主軸に活動している.知的CAI,ITS,ILE(Interactive Learning
    Environment),分散協調学習などと発展し,最近では2002年に教育工学関連の特集号「知能メディアの教育応用」(http://www.jstage.jst.go.jp/browse/tjsai/17/4/_contents/-char/ja/)を組んでいる.最近は,e-Learningという概念(用語?)によって,カバーする研究分野も広くなっている.
  • 日本教育工学会http://www.japet.or.jp/jet/
     「教育工学」という看板を前面にだしている教育工学関係の国内最大の学会である.1984年に設立され,まさに「教育工学」の定義通りの広い分野に,関連する学問分野の研究者が一堂に会している.「教育工学事典」を出版している.
  • 教育システム情報学会http://www.jsise.org/
     教育システムに関する研究・開発・実践に焦点化したやや理工系色の強い学会である.特徴的なのは,教育の対象を学校教育だけでなく,企業内教育をも含んでおりユニークな活動を行っている.2000年に「教育システムハンドブック」を出版している.
  • 日本科学教育学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsse2/main.html
     1977年に設立され,数学教育,理科教育など教科教育に研究対象を焦点化して学会であり,カリキュラム,コンテンツ,ツールなどの研究・開発に実績を残している.
  • 情報系大規模学会の研究会

     どちらも.多くの研究会(年10回程度)を開催しており,教育工学に関する技
    術系,情報系の最新の情報を入手することができる.

  • その他の関連学協会
     行動計量学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/bsj/index_j.html),知能情報ファジィ学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/soft/),情報メディア学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsims/index.html),日本教育実践学会http://www.jssep.org/menu.htm),日本教育情報学会http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsei/),日本教育工学協会http://www.japet.or.jp/jaet/)などがある.その他,多くの学会において「教育工学」「e-Learning」に関する研究会が設立されている.また,最近では日本e-Learning学会http://jdla.tmit.ac.jp/),日本テスト学会http://www.jartest.jp/)が相次いで設立され,「e-Learning」という概念によって,教育工学関連の多くの分野が統合され,多くの学会,研究会が共通の研究分野を認識し始めている.

2.関連の国際学会

 教育工学はEducational Technologyと訳されるが,Educationalは時には
Instructionalに置き換えられ,教育設計やID(Instructional Design)を強調
されることもある.次のような国際会議には日本国内からも多くの参加がある.
特に,ICCE,AI-EDは日本からPresidentが選出されており,日本からも多くの研
究・開発が報告されている.

※ 以上は年次大会の情報

※ 以上は,AACE(Association for the Advancement of Computing in Education)が母体となる国際会議

また,次の国際学会,出版社からはオンラインで最新のジャーナルを入手する
ことが可能である(有償のものが殆どであるが...).

3.最近のホットな話題

 教育工学分野において,最近の最もホットな話題は「e-Learning」である.
e-Learningは「教授・学習過程に情報通信技術を何らかの形で利用した形態」
と一般的には定義される.技術的には,e-Learningの中核となるものは通信イン
フラと分散データベースであるため,教育工学分野のみならず,多くの技術分野
の研究者も関わっている.その中で,いくかのトピックスを拾ってみる.

  • e-Leareningの実践
     e-Learningに関する研究で重要なことは実践に供することである.実際,多く
    の企業や高等教育機関での実践が行われている.特に,高等教育機関では
    e-Learningによる単位認定,卒業・修了認定を実施しているところもある.次の
    組織での実践は全て先進的であり,e-Learningの実践に関する多くの情報を得る
    ことができる.一部では講義アーカイブを見ることも可能である.

  • 標準化
     e-Learningにおいては国内外で教育リソースを共有・再利用し,そこに,新し
    い教育モデル,ビジネスモデルが展開される可能性が秘められている.そのため
    にe-Leanirngのコンテンツ,システム,技術基盤の標準化に関する活動が
    進学習基盤協議会
    http://www.alic.gr.jp/),ISO/IEC JTC1
    SC36(http://collab-tech.jtc1sc36.org/)が中心になって行われている.特に,
    ISO/IEC JTC1 SC36に関しては,「Collaborative Technology」に関する標準化
    の提案を日本から行っている.
  • ID(Instructional Design)
     e-Learningは教育組織よりも企業内の利用が多い.企業内での教育の効
    率化,業務の効率化を目的にしており,学習環境としては知識伝達とスキル獲得
    に主眼が置かれている.ここでは,効果的なシステム設計のために,IDが見直さ
    れており,新しいID工学の研究・開発が活発になりつつある.IDに関しては岩手
    県立大学の鈴木克明氏による「IDポータルサイト」
    http://www.et.soft.iwate-pu.ac.jp/edutech/id/index.html)は大変充実し
    ており,国内外のIDに関する情報を入手可能である.
  • e-Pedagogy
     e-Learningによって,新しい学習観に基づく学習環境(協調学習,発見学習,
    探索学習など)が実現可能となり,知識獲得のみならず,知識創造をも目的にし
    た新しい教授・学習行為の実現の可能性が出てきた.そこには従来の教
    授学の枠組みを超えた新しい教授学(e-Pedagogy)が必要となる.しかし,「e-Pedagogy」に関して纏まった情報を提供するページは国内外ともにないようである.是非,日本からユニークな情報が提供できるよう研究・開発・実践を進めたいものである.
  • 学習科学
     教育システムを開発する際の,対象のモデル化のプロセスを重視し,まさに,
    教育工学研究の最も困難な部分に果敢に挑戦しようというものである.学習科学
    に関する情報を纏めた日本のページは著者の知る限りではほとんど存在しない.
    海外では次の組織の業績は大変参考になる.

    そのような中で,国内において学習科学に基づいた教育支援システムを具体的な
    形で実現している研究として次の研究は大変参考になる.

  • CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)
     CSCLに関する研究は,インターネットやモバイルの技術の進展に伴い,より現
    実的な研究課題となってきている.その詳細には触れることはしないが,徳島大
    学の緒方広明氏の「My Book Mark」のページ
    http://www-yano.is.tokushima-u.ac.jp/ogata/index-j.html)は,CSCL研究
    に関する幅広いページが集められており,大変便利である.
  • 知識マネジメント
     e-Learningでは学習に関する多種多様な情報が収集・蓄積され,それらの共有
    ・再利用・可視化の研究は「教育における知識マネジメント」として今後,力が
    注がれるべき研究課題である.知識マネジメントに関する具体的かつ入門的な日
    本語の下記ページは有効である.
    CIO-cyber.comhttp://www.cio-cyber.com/pj/KMCRM_Study_Guide.html
  • コンテンツ・ツール
     e-Learningにおいて最も重要なことは良いコンテンツと,良いツールの提供で
    ある.情報技術の進展に伴い,動画・音声等を用いた質の高いコンテンツを作成
    する環境が整ってきている.次のページは,様々な教育用コンテンツやその素材,
    学習ツールが提供されており,教育システムを構築する上では大変便利である.

4.教育工学研究は難しいか?

 教育工学研究の対象は「人間の教授・学習過程」である.そして,多くの学問
分野が学際的に関連している.しかしながら,これらが「統合」され「協調」し,
真の学問分野として発展しているかどうか? に対する回答は「NOT YET」であ
る.例えば,教育システム開発や教育データ解析の分野においては次のような難
しさが存在する.

  • 対象とするモデルが厳密なモデルが構成・記述できない.
  • 捉えたい現象に対してモデルの粒度が粗すぎるため,予測性が低い.
  • 観測されるデータに観測主体の主観的な評価が混在する度合いが大きい.
  • 教条的な主張が多く,論証・検証・反証ができない.

 つまり,理工学的なアプローチにとっては,致命的とも言える問題点が存在す
る.これを解決する策はあるのか,どうか...

 その一つとして,教育工学分野に関する知識の体系化とその共有は重要である.ここでは,オントロジー工学的
https://www.ai-gakkai.or.jp/jsai/journal/mybookmark/15-6.html)なアプロー
チはヒントになる可能性が高い.また,質的な研究アプローチも有用なツールになると思われる.質的研究は,もともとは臨床心理の分野から提唱され,医学・看護の分野で多く用いられており,これを教育分野に生かそうという活動も
ある.量的な研究アプローチでは解決できない現象に内在する複雑な因果関係を導出・記述するには有効なアプローチかもしれない.量と質がウマク融合した研究方法論の確立は教育工学研究において重要な課題である.質的研究に関しては,名古屋大学の大谷尚氏の質的研究のページ
http://www.educa.nagoya-u.ac.jp/otani/)から国内外の多くの質的研究に関
する情報が入手できる.

5.その他もろもろ

 教育工学研究を進める上では,学問だけで閉じていないこと,つまり現実の教
育実践に寄与することを目指しているため,社会や時代の要請に応じてこれに対
応していることが求められる.よって,国や自治体の教育に関する今日的課題,お
よびそれへの教育政策にもアンテナを張っておく必要がある.これらに関する情
報は次のようなWebサイトが便利である.

6.おわりに

 このように教育工学に関連するWebサイトを整理してみると,特定のトッピク
に関連したサイトが極めて少ないように感じる(勿論,これは私の不勉強である
かもしれない).これは,教育工学が理工系,人文社会系,人間科学系の多くの
分野の学際領域にであること,また「教育」というものは理論,技術のみならず,
各国の,そして各組織・コミュニティの文化的背景に強く依存するため,情報をま
とめにくのかもしれない.本稿で紹介したリンクの多くが日本のものであること
もその証拠かもしれない.

 そのような中で,徳島大学の金西計英氏の「学習支援システム研究者のための
リンク集」
http://www.cue.tokushima-u.ac.jp/staff/marukin/cai/cai.htm
は大変有益である(最近,更新がされていないのが気になりますが).また,ピッ
ツバーグ大学LRDCの松田昇氏のITS関連文献のペー
http://www.pitt.edu/~mazda/ITS/literature.htm
http://www.pitt.edu/~mazda/ITS-Journal/index.html)も有益である.

 最後に,教育工学研究に携わる者として,今後も多くの分野のよき協調でもっ
て「教育工学」が真の学問として更に発展することを願いたい.

(謝辞)本稿を執筆するにあたり,大阪大学の柏原昭博氏には多くの情報を提供
していただきました.ここに感謝申し上げます.

参考文献

  • 池田満; “教育工学の研究方法論を探る ~システム開発の立場から~”, 日本教育工学会第19回全国大会講演論文集, pp485-486, 2003.

(電気通信大学大学院情報システム学研究科 松居辰則)